読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

東洋文庫 今古奇観 (1640年頃)

編者は蘇州の抱甕老人とされるが詳細は不明。「三言二拍」という長大な説話本から物語四十編を選りぬいた本である。明の時代に成立し清の時代には民衆に広く愛読された。 第一話 三孝廉 漢の時代の三兄弟の出世話である。許武は両親を亡くし二人の幼い弟の面…

東洋文庫 ライラとマジュヌーン (1181)

ペルシアの詩人ニザーミーの作による悲恋の物語。王の命により作られたという。内容はアラビアのベドウィンの王族の娘ライラに恋したカイスが狂人(マジュヌーン)となって放浪する話である。語り口は口上の様であり詩のようでもある。一部を抜粋する。 第2…

東洋文庫 J.マンデヴィル 東方旅行記 (1362)

これは実際に旅行して書いた旅行記ではなく著者が当時流布していた書物を参考に纏め上げたものとされている。J.マンデヴィルは英国生まれの騎士であるというふれ込みだが真偽は明らかでない。エジプトのスルタンに仕えていたという経歴があるらしい。この本…

中国の革命と文学3 郭沫若 郁達夫集

郁達夫(いくたっぷ)の日本語テクストは読もうと思っても数が少ない。図書館でこの本を見つけて幾つかの短編を読んだ。春風沈酔の夜、過去、わが夢わが青春の三題で全部である。 「過去」はマカオに流れ着いた失意の主人公がまったりと退廃したマカオの雰囲…

東洋文庫 メンデス・ピント 東洋遍歴記 1 (1578)

本書はポルトガル人メンデス・ピントが一攫千金を狙ってインドへ行った後21年間東洋を遍歴した記録であるがフィクションも含まれているという。 メンデス・ピントのたどった道は、ポルトガルの田舎→リスボン→ディウ→アビシニア→トルコの捕虜→マラッカ→スマ…

東洋文庫 断鴻零雁記 飯塚朗 訳(1912)

蘇曼殊(1884ー1918)の中編小説である。蘇曼殊は横浜の華僑の家に生まれるが長じては支那大陸を股にかけ活動し35歳で夭折した。年譜によると康有為をピストルで暗殺しようとしたが止められたとある。 小説は打って変わって至って軟派な代物である。不遇の…

飯田望 著 サハラ横断 苦闘の4150キロ、178日(1979)

同志社大探検部の先輩、後輩である飯田望と児島盛之がサハラ砂漠横断に挑む。二人は一年休学し染色工場でアルバイトし一人あたり百万貯め計画を実行に移す。パリからモーリタニアに入りラクダを購入し簡単な訓練の後、東へと出発する。荷物の重さは一人当た…

東洋文庫 南蛮寺興廃記 ・ 妙貞問答(1868)

「南蛮寺興廃記」は作者不詳で江戸時代初期に成立したとされ種本は「切支丹根元記」とされている。1868年には反キリスト教の僧侶、杞憂道人によって出版された。本書はその現代語訳である。 九州肥前に来着した南蛮船に乗っていたウルガンバテレン(オルガン…

東洋文庫 楽郊紀聞 1 対馬夜話 (1859)

対馬の人、中川延良が若い頃より見聞きした事を記し集成したものである。対馬藩主の事から始まり家来、町人、故実、雑文、異聞、地理、仏寺、墳墓、郷村についての細かな事が記されている。巻一の1には初代当主宗知宗は護国大明神として祀られ文化元年に五百…

東洋文庫 南島雑話 幕末奄美民俗誌 (1855)

奄美に遠島となった薩摩藩士名越左源太が五年間滞島した折に記した絵入り民俗誌である。冒頭には享保十二年の検地の石高が「大島私考」より引き写してある。一万六千七百七十八石六斗一升一合四夕九才とある。畑作も行われており大麦小麦も徴税するようだ。…

東洋文庫 日本大王国志 (1636)

第八代オランダ商館長フランソア・ガロンの記した日本に関する簡潔で詳細なレポートである。ヨーロッパの国々でそれぞれの国語に訳出され読まれたという。第三代将軍家光の治世であり鎖国体制が完成してゆく状況であり将軍の世嗣ぎの問題も生じている。問い…

東洋文庫 中国の布教と迫害 イエズス会士書簡集 (1704〜1770)

第一書簡集〜第三書簡集においてイエズス会宣教師ゴザニ師が報告する。ここ開封には挑筋教と呼ばれているユダヤ教徒の集団がいる。師は彼らに接近しシナゴーグを見せてもらう。幕舎、大箱にはヘブライ語で書かれた書物があり、モーゼの座がある。広間があり…

東洋文庫 抱朴子 外篇 1 (317年)

葛 洪(かつ こう)の記した神仙思想の書である。巻二の逸民ではこのように言っている。「豪奢な 暮らしをすれば、賄賂を取っているのだろうとか陰口を言われる。それよりはいっそ古典の世界に心を遊ばせ、不老不死の術を修練し、自分の鋤で飢えをみたし、自…

東洋文庫 サーマディーヴァ作 屍鬼二十五話 インド伝奇集(11世紀)

王に抱えられた屍鬼が王の耳元で語る美男美女の物語である。各話には尤もらしく都市と王の名が出てくるが大嘘の話である。美女は白く光る月のようだと喩えられる。男の方も一目見て恋に落ちるくらいの美男でしかも大金持ちである。こういう話が延々と出てく…

東洋文庫 蕃談 (1849)

1838年(天保9年)4月に能登を出発した長者丸は松前で昆布を積み込んだのち強風にあおられ金華山の方へ流される(1839年11月)。ついには太平洋まで流され漂流するが米国の捕鯨船に救助され(1840年4月)当時のサンドイッチ諸島(ハワイ)へ連れて行かれる。…

東洋文庫 ティルヴァッルヴァル著 ティルックラル 古代タミルの箴言集(5世紀頃)

本書はタイトルの通り5〜6世紀に成立した南インドタミル地方の文学で作者はジャイナ教徒ということになっている。ジャイナ教の教えに従っているので言っていることは仏教とよく似ている。 ちょっと変わったところでスパイの事を述べた章がある。 実態をスパ…

東洋文庫 ニコライ・A・ネフスキー 月と不死 (1920年頃)

著者は1892年ヴォルガ河畔の古都ヤロスラウリ市で生まれペテルブルグ大学の東洋語学部に進学する。中国語と日本語を学び官費留学生として2年の予定で日本に留学する。民俗学の手法で遠野、アイヌ、宮古島、台湾の曹族、西夏の研究を精力的に行い論文を残して…

細呂木千鶴子 タクラマカン砂漠3,000キロの旅 (1988)

著者はカメラマンらと共にまず出発点のトルファンへ向かう。ウルムチまでは飛行機でそこからトルファンまでは汽車かバスで3時間ほどの旅程である。トルファン駅に着くとホテルからの迎えがおりバスで市中へ向かう。トルファン賓館というイスラム寺院風のホテ…

東洋文庫 叡尊 感身学正記 (1286)

叡尊(1201ー1290)は真言律宗の僧侶で西大寺の復興を果たした事で知られている。これは叡尊により漢文で書かれた自伝である。よみ下し文と豊富な注釈によりかなり読みやすくなっている。 幼少時については誰の子で誰それに育てられどのお寺に入ったかが詳細…

東洋文庫 沖縄の犯科帳 (1870年頃)

琉球王国の裁判記録は戦禍で焼失してしまったがその一部が筆写されて残っていた。本書はそれの口語訳である。琉球王国には琉球科律、新集科律という刑法があり平等所(ひらしょ)という裁判所があった。 川平(かびら)村配所の流刑人屋慶名(やけな)が大川…

東洋文庫 ロバート・グレイブズ著 アラビアのロレンス (1934)

T.E.ロレンスにも”Seven Pillars of Wisdom(1922)”、”Revolt in the Desert(1927)”の著書があるがこれは自伝では無く親友であるグレイブズが書いたものである。内容はイギリス軍将校であるロレンスがメッカのシェリフの血を受け継ぐフェイサル(後のイラ…

東洋文庫 列子 (B.C.400頃)

春秋戦国時代の列御寇の著とされるが定かではない。荘子、老子と並ぶ重要な道家思想の文献でありよく知られている故事成語の出典でもある。朝三暮四、杞憂、男尊女卑などがそうである。読んで行くと孔子と弟子達の会話が出てきたり荘子の内容も出てくる。ま…

東洋文庫 南条文雄 懐旧録 サンスクリット事始め (1927)

大垣の誓運寺の三男として生まれた著者は京都の東本願寺高倉学寮で学び南條家の養子になる。現如上人の意向で著者と笠原研寿にサンスクリット語を習得させることになり二人は渡欧する。二人はオックスフォード大学のマックス・ミューラー博士の元で梵語仏典…

東洋文庫 班固 漢書郊祀志 (1世紀)

漢書郊祀志は史記の封禅書を継いだものである。封禅とは中国の皇帝が泰山で天を祀り、麓で地を祀る事を言う。要するに天命を受けたというデモンストレーションであるが徐々に封禅は行われなくなり郊祀が行われるようになった。 郊祀とは夏至に地を祀り冬至に…

德川慶朝著 德川慶喜家にようこそ (1997)

第15代将軍德川慶喜の直系曾孫である著者のエッセイということになる。写真が趣味であったという慶喜公の血筋なのか周囲には反対されたが職業にカメラマンを選んだ。都内の大学を卒業し20年間広告会社のサラリーマンとして働き退職後はフリーランスになった…

東洋文庫 J.A.デュボア著 カーストの民 (1821)

フランス人である著者のデュボアは外国伝道団として南インドに派遣され31年間ローマ・カトリックの伝道に従事した。フランス革命の難を逃れるという意味もあったようだ。その間調査研究したヒンドゥーの習俗と儀礼について詳細に記したのが本書である。デュ…

東洋文庫 A・ヴァーンベーリ著 ペルシア放浪記 (1889)

1832年ハンガリーの貧しい家庭で生まれたヴァーンベーリーは辛苦の少年時代を送った後ギムナジウムに進み21歳の時宿願のアジア横断の旅に出る。懐には15フロリンしかなく頼みは数カ国語を話せる語学力のみである。ガラツからドナウ川を下りコンスタンチノ…

東洋文庫 論衡 王充 (1世紀)

後漢の光武帝の時代に生まれた王充の著書。君主、物、雷、孔子、死などの話題について一般に流布している説をあらゆる角度から検討して正してゆくという体裁をとっている。当時落雷は天が龍を捕まえる時の現象であると信じられており人が落雷で死ぬのは人に…

東洋文庫 日本巡察記 ヴァリリャーノ (1583)

この書はイエズス会司祭のヴァリリャーノがローマの総会長に宛てた日本における布教の状況報告であり正真正銘の機密文書である。その点がフロイスの日本史と異なる。ヴァリリャーノに与えられた使命は巡察師であり映画薔薇の名前では主人公のショーン・コネ…

東洋文庫 清河八郎 西遊草 (1855)

著者の清河八郎(1830ー1863)は庄内藩の酒造家の長男として生まれ漢籍を学び始めるとたちまち我がものとし江戸へ出て昌平黌にまで進む。その傍ら北辰一刀流千葉周作の門下になり剣術も磨く。八郎は25歳の時神田三河町に塾を開くが翌月火事により焼けてし…

東洋文庫 景梅九 留日回顧 (1924)

著者は1882年今の山西省安邑で生まれる。北京で洋学を学び日本に留学する。最初は大学の理科に進み日露戦争で威力を発揮した日本の火薬について学ぶつもりであったがすぐに断念する。結局第一高等学校を卒業し青島で教員となる。梅九は日本にいる間に革命家…

東洋文庫 劉鶚 老残遊記 (1903)

科挙に落ち資産を食い潰した主人公の老残は食う為に医者になり各地を回る。有力者の病気を治しては接待を受け金をもらい旅を続けるのである。口コミで評判が広がり役人まで老残を登用して治水に当たってもらおうとする。だが老残はその申し出を丁寧に辞して…

東洋文庫 陸游著 入蜀記 (1170)

1126年金が開封を陥落させ欽宗とその父の徽宗を捕らえて北へ連れて行く(靖康の変)。欽宗の弟が臨安(杭州)で即位する(南宋)。その頃生まれたのが著者の陸游である。出世して高官になっていた陸游は長江北岸まで迫った金との和議において主戦論を主張し…

井伏鱒二 集金旅行 (1937)

荻窪の望岳荘の住人の主人公と同じく住人である美人のコマツさんが踏み倒された家賃の回収の為亡くなった家主の代わりに西日本を旅行する。どうしてこういうシュールな状況になったのか尤もらしい成り行きが書かれてはいる。この辺りどんな辻褄でも合わせる…

グスタフ ファーバー著 ノルマン民族の秘密 (1976)

9世紀に遅ればせながら民族移動を開始したノルマン人(ノルウェー人、スウェーデン人、デンマーク人)は各地で略奪を行い、ロシア、フランス、イギリス、シチリアに国家を建設し、アイスランド、グリーンランド、アメリカを発見し植民した。 概略はこうであ…

NHKブックス 大野盛雄 イラン日記 (1985)

著者である東大教授(東洋文化研究所)の大野盛雄は1963年テヘランに入りテヘラン大学文学部社会調査研究所で農村の研究に着手する。そしてたまたまイラン革命に出くわしたのである。彼はペルシャ語を習得し現地の情報を集め古書店で農村文学を集め農村に住…

東洋文庫 E.S モース 日本その日その日 1 (1917)

東京帝国大学初代動物学教授モースが滞在中に書き記した失われゆく日本の記録である。第1巻には横浜、東京、日光、江ノ島の様子が豊富なスケッチと文章で描かれている。ジャーナリストのJ.R.ブラックとは一味違う科学者ならではの著述になっている。シーボ…

東洋文庫 リンドレー著 太平天国 1 李秀成の幕下にありて (1866)

1864年日本が下関戦争で苦しんでいる頃中国では太平天国の乱が終焉を迎えていた。李秀成とは太平天国の新指導部の一人で著者リンドレーは英国海軍将校で太平天国に入り込み協力しながら内部事情を詳しく観察し危険が迫ると中国を脱出した。その後本書が出版…

東洋文庫 J・R・ブラック ヤング・ジャパン 2

この本の著者J・R・ブラックは1861年に横浜で創刊されたジャパン・ヘラルドの主筆を務めた人物である。本書ヤング・ジャパン第2巻では1864年の下関戦争から始まり1868年(明治元年)までの出来事が記されている。 下関戦争の布陣から顛末まで、居留民の襲撃事…

東洋文庫 ヴィンセント・シーン 東方への私の旅 〜リフの山々から中国へ (1935)

シカゴ大学を出てニューヨークのデイリー・ニューズ社の記者となったシーンはゴシップ記事を書いていたが1年働いた後貯めたお金でパリへ旅立つ。パリで数日ぶらぶらし北フランスの下宿をみつけるとそこに三ヶ月滞在し小説を書きながら語学を習得する。イタ…

大久根茂 著 秩父の峠 (1988)

目次を紹介する。標題にも興趣がある。 秩父と峠 十文字峠 海抜2000mの原生林 雁坂峠 日本三大峠のひとつ 仙元峠 ブナ林が美しい 妻坂峠 伝説を秘めた峠 正丸峠 江戸への最短ルート 顔振峠 義経が絶賛した眺望 大野峠 信仰の道からレジャーの道へ 粥新田峠 …

東洋文庫 室町殿物語1 楢村長教著 (1706)

説話集のような体裁だが読んでみると大内義隆が家臣の陶隆房によって殺されて周防(山口)を乗っ取られた大寧寺の変(たいねいじのへん)やら、第13代将軍足利義輝が松永久秀と三好三人衆の軍勢に夜襲され一族諸共殺される永禄の変を扱った記述など政治情勢…

V.V.レヴェジェフ/Yu.B.シムチェンコ カムチャトカにトナカイを追う 〜チュクチャ族の自然と伝説 (1983)

著者らはカムチャトカの東岸アチャイヴァヤム村を ヴェズジェホートに乗り出発する。この村の住民はチュクチャ人で三百人ほどいる。著者らの目的は広大な地域に住むチュクチャのテントを回り彼らの出自を明らかにする事にある。 万能走行車ヴェズジェホート …

東洋文庫 A.ジーボルト 著 ジーボルト最後の日本旅行 (1902)

ジーボルト父子は1859年オランダを立ち最後の日本旅行を試みる。日本を永久追放になっていたジーボルトだが陸軍将校として最後の任務を果たす事になったのである。日本が開国し状況が変化したのだ。ジーボルト63才、息子A.ジーボルト13才の時である。 …

東洋文庫 トゥリシェン著 異域録 (1723)

満人の官僚トゥリシェンが康熙帝の命を受けトゥルグートのアユキ汗の元へ三十人ばかりの使節団として派遣される。その旅行記である。トゥルグートはモンゴル族のオイラートが集住するカスピ海北岸の小国である。当時清朝はジュンガルのツェワン・ラブタンと…

東洋文庫 宋応星著 天工開物 (1637)

明の時代に刊行された産業技術書で日本では早くから訳本(和刻本)が出ている。一方中国では消滅していて中華民国の時代になって留学生が日本から持ち帰ったという経緯がある。稲の項を見ると籾から少し芽が出た所で苗代に蒔き、30日経ってから抜き田植えを…

東洋文庫 バタヴィア城日誌3 (2)

1643年のブレスケンス号事件についての一次史料になっている。金銀島探索の為日本の東方海上を航海していたオランダのブレスケンス号は暴風雨に遭い漂流後補給のため岩手県の山田浦に上陸し捕らえられる。その際の日本側とのやり取りが詳細に記述されている…

東洋文庫 バタヴィア城日誌3

鄭成功が台湾のゼーランジャ城を攻略しオランダ人を追い出す経緯が序説の所に書かれている。塩野七生のローマ亡き後の地中海世界を彷彿とさせる戦いだ。ゼーランジャ城は今は台南市の観光スポットで安平古堡と呼ばれている。残っている遺構は僅かなものだ。…

エリノア・ラティモア著 トルキスタンの再会 (1927)

1895年生まれのエリノア・ラティモアは裕福な家庭に育ちノースウェスタン大学を卒業した後教鞭をとる。第一次大戦のころYWCAに参加し乗馬、テント、キャンプ用具の運搬法を身に付け旅行家としてのキャリアを開始する。仕事で北京に滞在中、夫となるオーウェ…

フランソワ・ミッセン 地獄からの証言 ソ連のアフガン支配の内幕 (1980)

アフガニスタンが近代化を目指していた頃(1953年)当時の首相ダウドは米国のニクソン副首相をカブールに招いて 天然ガス開発のための資金援助を得ようとする。この時ニクソンはアフガニスタンがCENTO(中央条約機構)に加盟する事を交換条件とした。こ…