江國香織 落下する夕方 (1996)

    主人公の梨果はとても観察眼の鋭い、少し離人症気味の女性だ。8年付き合い同棲中の健吾に別れを切り出される所から始まる。健吾は広告会社に勤めるサラリーマンである。別れの原因は三日前に健吾が一目惚れしたという華子という女性である。5年前の健吾からのプロポーズを断ったことがこのような結果を生んでしまったわけだ。よくある話で健吾とはこのままフェードアウトかと思いきや華子が部屋に転がり込んでくる。プラタナスの並木道が見える家賃16万のマンションだ。一人で住むには負担が大き過ぎるのは確かだ。やがてこの部屋に時々健吾が遊びに来るようになる。この歪んだ関係に戸惑っているのは健吾である。

風来坊のような華子は他にパトロンが居るらしく湘南の別荘に滞在しては帰ってくる。やがて健吾は華子に愛想を尽かされてしまう。失業しボロボロになって行く健吾を別世界の出来事のように観察する梨果。華子は健吾の親友の勝矢とドイツで同棲したことがあり帰国後よりを戻していた。そのせいで勝矢は美人の妻と離婚になる。多くの男たち(子供も含む)が虜になり空中戦で散ってゆく華子という女は邪気のない天然美人と思うがいい女では無いと梨果は言う。小柄でグラマーでは無いし人によっては感じが悪いと思われる事もある。だが居るだけで周りを華やかにするその存在感はどうだろうか。梨果たちは到底かないっこない。

結局家出少女だった梨果は一人で自殺してしまう。ふりまわされていた男たちはホッとしたような様子を見せるが健吾の魂はさまよったままだ。梨果の離人症は悪化し言動も少しおかしくなる。健吾の部屋を訪れて無理やり寝ようと暴れるがスポーツマンの健吾に組み伏せられ拒否された。健吾にとって華子はど真ん中ストライクの女だったようだ。空虚となった心はすぐには癒えはしない。