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西川裕介 ウランバートル俘囚記 (1993)

    東京商科大を出たあと日本光学に勤務していた著者は昭和19年に応召されすぐ北支戦線に送られる。そこで初年兵として訓練を受け河北省の分屯地で守備に当たっていた。そこで八路軍と交戦するのだが向こうは殲滅を狙ってくるし急に装備が良くなるので油断できない。この辺は映画 血と砂の描写とよく似ていると思う。

    昭和20年になり終戦を迎えると著者らは古北口でソ蒙軍に武装解除されウランバートルに連れて行かれる。そこでは厳しい食料事情の下で建設労働に従事させられる日々が待っていた。生き残った者たちは2年ののちナホトカ経由で帰国した。その間に経験した事が時系列的に綴られるのだがかなり哲学的な考察もある。戦後の世界を生きながら戦争の意味について著者は考え続けたような節が見受けられる。曰く、 
   
   どんな悲惨にも馴れて、その悲惨さの中にも幸せと感じられる数々のものを覚え、どんな幸福にも馴れ、傍からみればどんなに倖せかとおもうことでも、本人にはそれ程に感ぜられなくなる。人間とは恐ろしい動物である。 
 
    これが幸福論のパラドックスだ。また著者はあの時何が起こったのか客観視するように努めている。ソ連は街道沿いの小さな街に過ぎなかったウランバートルを日本人の捕虜を使ってソ連が各地に作ったような社会主義革命の都市を建設しようとしていたのであり、モンゴルはろくに賠償金を取れそうも無い日本から労働力の対価で贖わせようとしたというのが真相に近いものであるという。また戦争は著者の心に深い傷をもたらしたが、戦争とは所詮人を殺すビジネスでありそれ以上でも以下でも無いと考えることによって少し気持ちが楽になっているようだ。