映画 濹東綺譚 (1992)

   映画は荷風が一人暮らしをしていた麻布の偏奇館から始まるのでこの作品は断腸亭日乗に濹東綺譚が組み込まれた構造だと分かる。荷風が48歳頃に妾として囲っていた関根うたのエピソードが出てくる。うたは麹町の芸者で荷風が1000円で身受けしたという。うたは4年ほどで国許の七尾へ帰って行った。

   荷風玉の井を歩いている時夕立が来て傘にお雪が入ってくる有名な場面は35分頃から出てくる。ここからが濹東綺譚である。しかも主人公は永井となっているのでもはや永井荷風自伝と言って良い。馴染みの客になった荷風はお雪に気に入られ歳は離れているが結婚を迫られる。最後は荷風が嘘をついてお雪との関係を切る。
 
    お雪の主人のまさには大学生の息子がいて学徒出陣で戦死してしまう。「私らは国から見たらゴミか塵芥のようなものだから」と新藤兼人はまさに言わせている。昭和20年3月9日の東京大空襲で偏奇館は全焼する。この時荷風は書きためていた小説五編と断腸亭日乗を持ち出している。焦燥した荷風谷崎潤一郎の勧めで一時勝山に疎開する。このときの伯備線で行く紀行文を映像化すると面白いと思うが映画では一気に荷風文化勲章受賞、浅草のアリゾナ食堂で倒れる場面まで行く。 

   新藤兼人監督はこの映画でも国民と戦争の関わりを描いている。学徒出陣の実写映像が出てきて東条英機天皇陛下万歳と叫ぶ。ミッドウェー海戦以降はもう戦争では無く軍部が失敗隠蔽のために国民を洗脳して大惨事に巻き込んだという事案なのである。