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映画 Little Bird イラク 戦火の家族たち (2005)

   2003年3月のバグダッド市内の様子。夜店に人々が集まりパンを頬張ったり水タバコを吸う。普通の中東の都市の光景である。子供らも元気だ。食料もふんだんにある。だが二日後に開戦になる。店主は店を閉めて避難するという。

    開戦前日、町の商店にはシャッターが降り人も疎らになる。3月20日英米軍が爆撃を開始する。被害の状況を日本人クルーが撮影している。午後9時対空砲火の音と共に本格的な空爆が始まる。3月25日の市内の様子。日本人はブッシュ側とみなされているのでインタビューを拒否される。   

   二週間後には地上軍が現れる。4月9日にバグダッドは陥落した。米英軍でイラク政府を潰した様だが市民は抗議の声を上げている。撮影クルーも兵士に議論をふっかける。病院での重症患者、死者も写し出される。クルーは現地に行き民間人の被害状況の証言を聞く。証言者はペラペラまくし立てる。能弁だ。空き地や民家の庭先にはクラスター爆弾の跡があるという。眼科病院で少女が診察を受ける。眼に入った破片を取る手術が必要だという。タクシー運転手の少女の父が当時の状況を語る。手術の様子が取材される。全身麻酔をかけられ水晶体が切除された。15歳の少年はクラスター爆弾の不発弾で右腕を失った。母は嘆く事しかできない。墓地には今回死んだ子供らの墓がある。中にはベニア板の墓標もある。       
   
   市内には戦車も出ており米軍兵士が制圧中である。政府軍の残党がいるわけでは無く市街戦はなさそうだ。バクダッド市民は口が達者である。兵士に向かってまくし立てゴーホームヤンキーと叫ぶ。家と子供三人を失ったアリ・サクバンが支援を求めて連合軍臨時支援センターに来る。担当者は話を聞いた上で援助はするが時間がかかると言う。 

  サマワでの映像。なんと小銃を持った自衛隊がいた。宿営地でランチを披露し食べる姿まで映っていた。日本国際ボランティアセンターのスタッフが薬品の補充を行う。ここには急性白血病の子供が多い。孤児院には慰問に来ていたウズマ・バシルがいた。彼女は元人間の盾のメンバーである。弁舌滑らかである。バグダッド陥落の日には居なかったらしい。

    兵士の言い分。サダムやバース党よりイラク人を人間らしく扱っている。大量破壊兵器があったかと問うと答えられない。右腕のない15歳の少年アフマドは無言で立っている。母が言うには学校に行くのが嫌らしい。市民は生活を取り戻しつつある。クルーはサクバンに密着する。彼はイランイラク戦争で兄弟を四人失い、今回の爆撃で子供を三人失った。だがまだ妻と娘が一人いる。  

   家族を刑務所に入れられたという市民がクルーに訴える。弟はデモに出くわしただけでその場で逮捕されたという。逮捕に反対する激しいデモが起こっている。サクバンの娘が学校に通う。少々行儀が悪いようだ。サクバンは民兵ではないが聖戦のための銃を持っている。子供の前で米軍をこれで殺し尽くすのだと言う。サクバンはさらに子供を病院に運ぼうとした時のことを語る。物語を作るのが上手い。  
 
    暴動の鎮圧場面がある。米軍が来て銃声がした。市民が一人撃たれたらしい。どんどんデモが激しくなる。イラクの人々は米軍がサダムほど残虐でないのを理解したらしい。イラクの子供は摺れている。兵士に物をねだったりおべんちゃらも言う。1ヶ月経つとイラク市民は用が済んだから米軍に出て行けと言い始めた。 

   目を患った少女が監督の問いに答えて語る。何故アメリカはこんな残虐なことをするのか。私達を人として見て欲しい。アメリカに何も求めてはいない。彼らはイラク人のことを何も分かっていない。彼らは石油欲しさに占領した。大人たちは戦争は終わったと言うが私たちにとってはこれからだ。 

    100点満点の回答だろう。サクバンも墓参りの後現状を総括して語る。戦争には大義なんてないと言う。イラン戦争、湾岸戦争を切り抜けて来たサクバンはまだ何とか踏みとどまっている。

   夜中に建物が燃えている。周りは瓦礫になっている。説明はないが米軍による誤爆か。