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井伏鱒二 集金旅行 (1937)

  荻窪の望岳荘の住人の主人公と同じく住人である美人のコマツさんが踏み倒された家賃の回収の為亡くなった家主の代わりに西日本を旅行する。どうしてこういうシュールな状況になったのか尤もらしい成り行きが書かれてはいる。この辺りどんな辻褄でも合わせることが出来るという筆力が井伏鱒二にはある様に見受けられる。

  岩国から始まり下関、福岡、尾道と進むが福山の北部の町でコマツさんが消えてしまった。コマツさんは全国各地に逃げていった元恋人がおり慰謝料を取るために同行していたのである。だがこの町で交渉している間に地元の大物津村順十郎氏との間のよりを戻したコマツさんはそのままこの町に留まるのだと言う。この電光石火の早業に主人公の怒りが込み上げた所で小説は終わる。

  尾道の場面には駅前の旅館、西国寺近辺の旅館、山波村の情景が出てくる。美人を連れて旅行していると注目を浴びるし主人公も悪い気はしなかった様である。いつの間にか恋心が生じていたのがわかる。だが主人公は大物でもないしいい男でもなかったので旅行中に仲良くなってあわよくばという野望は木っ葉微塵に打ち砕かれたのである。

  この人の作風には安部公房の味わいが随所にある。これは単なるコメディ小説ではない。