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映画 わが母の記 (2011)

  ビッグネームである井上靖原作の映画は何本か観たがどれもぬるま湯のような印象を受けた。これはホームドラマ仕立ての自伝である。作家として成功を収めた主人公である洪作の父が危篤になる所から始まる。軍医上がりの父は妻の実家のある伊豆の山の中に引退して住んでいた。子供らが集まってくるが洪作は長男である。洪作は病床の父にベストセラーの本を見せ手を握って帰っていった。どちらかと言うと薄情な態度に描かれている。いろいろあったのだろう。まだ達者な母も出てくるがすでに認知症の気配がある。世田谷の豪邸に帰った洪作は口八丁手八丁であり家族に威厳を示しながら執筆活動をする。何日かして父逝去の電話が入る。

  洪作の幼少時の複雑な生い立ちが語られる。洪作は5歳の時戸籍上の祖母の元に預けられたのだ。これを琴子に聞かせているのだがどうも脚色に思える。リゾートホテルでの母の豪華な誕生日を演出する洪作。母は78歳になる。屈託無い笑顔だらけの晩餐会にラテンバンドが花を添える。長女と伊豆で暮らす母だが娘婿の事を罵るようになる。居づらくなった母は軽井沢、東京と転々とするが遂に大事件を起こす。次女がハワイ留学に旅立つ日に徘徊し食堂にいたトラック野郎の助けを借りて沼津へ向かったのである。琴子が何故か食堂に駆けつけ違うトラックで母を追いかける。これを実写でやればまるで桃次郎とジョナサンでは無いか。ハワイ行きの船上でこの事件を知った洪作は下船し沼津の海岸で焚き火をして待つ。朝になり母を連れた琴子が現れた。息子に背負われ沼津の海岸を楽しんだ母はその後大人しくなり伊豆で暮らした後息を引き取った。 

  全編親に捨てられたトラウマを引き摺っているかのように描かれている洪作だがついに母の想いと真意を知った瞬間涙を流す。妹ももらい泣きする。だが観ている方は美化しすぎ、都合良すぎと思えて泣けて来ない。これほど泣けて来ない映画も珍しいだろう。