映画 ピアノレッスン (1993)

  主人公のエイダのピアノ演奏は殆ど即興のようでリストのようなニューエイジ系のような興味深い音楽を奏でる。有名曲が出てきたのは2回ぐらいである。エイダはピアノと一心同体でその代わり言葉を失っている。性格は強情そのもので可愛い娘がいる未婚の母である。エイダが親の計らいでスコットランドからニュージーランドの移民の家に嫁ぐ所から物語が始まる。ニュージーランドに着いてみると港も道もなく、重いピアノは浜辺に置き去りにして泥道を婚家まで歩くことになる。夫になるスチュアートは悪い人ではないが音楽に関心は無く冷淡なところがあり最後までエイダの心を掴む事は出来なかった。

  マオリ族がまず引越し業者として出てきて移民たちと溶け込んで暮らしている様子が描かれる。移民は荒地を開拓しながら物品と土地を交換し私有地を広げて行く。北部には町があるようだが映画には出てこない。浜辺のピアノと土地を交換して自分のものにしたベインズが奇妙な提案をする。エイダが黒鍵の数だけレッスンしてくれたらピアノを返すと言う。レッスンに訪れるエイダにベインズは少しずつ大胆な要求をして行きついに体の関係を結ぶのである。

  ピアノは帰ってきたが情事を目撃したスチュアートはエイダを監禁する。だがベインズに恋文を送ろうとしたエイダにブチ切れて斧で指を切り落とす。エイダは音楽家なのだ。このまま廃人になって仕舞えば大人の寓話として成立するのだがそうはならない。スチュアートはエイダをベインズにくれてやり全てを悪夢と思って忘れると言う。

  マオリ族の引越し業者がピアノを積んで島を出航する。舟はギリギリの大きさである。ベインズはピアノを彼女にとって大事なものと認識している。ところが沖に出るとエイダはピアノを海に捨てろと指示する。海に沈んで行くピアノのロープに足が絡まったエイダはピアノと共に沈んで行く。ここで終わればちょっとホラーっぽい寓話になるのだが女性監督のジェーン・カンピオンはエイダを浮上させベインズと町で幸せに暮らすという意外な結末を用意する。

  カンヌのパルムドールに充分値する作品だが、女性の身勝手さにはしっぺ返しが来るという旧社会の現実を意図的に書き換えた演出が感じられる。