東洋文庫 唐代伝奇集 1 (7〜9世紀)

1 古鏡の話 王度

今の山西省の人で候生という人が亡くなる時に私に託したのがこの古鏡で中央に麒麟、東西南北に亀、竜、鳳、虎が鋳出してありその外側には十二支の動物が配置されている。その周囲には二十四気の象形文字が隷書で配置され日を映すと壁にこれらがくっきりと浮き上がるという魔鏡になっている。

私はある時、長楽坡というところの程雄という者の家に宿泊し、もてなしを受けた。端正な顔立ちの美人の女中がいたが私が鏡を出すと突然床に額を打ち付けて死んでしまい年をとった狐の姿を現した。このような事が幾度も起こりこの鏡は病気すら治してしまう事もわかった。弟が官職を辞め旅に出ると言うと私はこの鏡を持たせてやった。すると旅の先々で化け物を見分けては殺し、天変地異をなだめ、病気の姉妹を治癒させ弟は無事に帰ってきた。

だがこの鏡にも寿命がある。夢で見たお告げ通り大業13年7月15日この鏡は忽然と箱から消えてしまった。6年余の寿命であった。

17 李娃(りあ)の物語 白行簡

今の江蘇省の長官のもとに大層優れた男の子が生まれやがて文才を現す。男の子が成長すると郷里の推薦により秀才の試験を受けることになり、二年分の生活費を持たされ長安で暮らし始める。ある日若者がある一軒家の前を通りかかるとそこには見た事もないような美人が女中の肩にもたれかかって立っていた。たちまち心を奪われた若者はまず情報収集して相手が女郎であると知るが支度をして彼女の家に乗り込んで行く。最初の出会いからお互いが気になっていた二人であるので若者はその家に下宿する事に成功する。すると若者は遊興と酒宴に耽り始め一年ほどでお金を使い果たす。その後は若者も転落の一途をたどり葬儀屋部落の歌い手まで落ちぶれるがその道で大層上達する。天門街の葬儀屋バトルでは歌をうたい勝利するがそのとき丁度長安に来ていた父親に見つかる。激怒した父親は彼を鞭で打ち瀕死の状態にさせる。何とか生き延びた若者は浮浪者となりある家の門を叩くとそこは行方のわからなくなっていた李娃の家であった。李娃は若者を捨てた事を詫びて身請け金の残りの百両で若者と新たに所帯を持つ。元気を回復した若者は李娃の用意した書物で勉学に励み秀才の二次試験に合格しついには栄達を遂げるというお話である。

前半の部分は鴎外の雁に似てなくもない。漱石のこころにも似たような状況がある。日本でもかなり読まれていた物語の一つである。