東洋文庫 南嶋探検記 1 琉球漫遊記 笹森儀助 (1893)

青森県弘前士族の笹森儀助が弘前を立ったのが明治26年5月10日で青森から汽車に乗り東京に着いたのが5月12日である。東京滞在中は諸先輩に琉球に関する知識について教えを請い、新橋を立ったのが5月24日である。神戸にて陸奥丸に乗船し鹿児島に至る。そこでは要人と会い沖縄県那覇港に着いたのが6月1日のことである。以降は日記形式で調査の成果を記している。7月5日には慶良間群島を経て宮古島に到着する。石垣島には7月8日に到着する。7月15日に西表島に入る。

西表ハ全嶋有病ノ巣窟トス。加フルニ、時方ニ炎熱病勢猖獗セントス。機那丸ヲ服スル、例ノ如シ。

ここではコーヒーの試験地を視察している。コーヒーの木は実を結んでいたが機那樹の栽培は芳しくない様である。

機那樹ハ地方病(マラリア)治療ニハ主要剤ニテ、一日モ欠クヘカラサルハ、医師ノ定説アリ。

8月1日には与那国湾に停泊し待機したのち上陸する。美少婦が数十人出てきて出迎える。この島のしきたりである。儀助はこの島の概況を調べ記している。