東洋文庫 塩鉄論 (紀元前1世紀)

本書は前漢の昭帝の治世に政府側代表と知識人とで行なわれた議論を著者の桓寛がまとめたものである。冒頭の部分を抜粋する。

文学「(略)ところが今日、郡国で塩・鉄・酒の専売、均輸の制度が行われ、人民と利益を争っているので、人情に厚い素朴な気風が失われ、貪欲で心が卑しくなってきています。そこで人民の農業をやるものが少なくなり、商業にはしるものが多くなっております。(略)塩・鉄・酒の専売、均輸の制度を廃止されるよう願います。それは人民に農業をすすめ、商業から身を引かせることになるわけで、ひいては国家の農業を豊かにするのに役立つものです。」

御史大夫匈奴はわが国にそむいて臣従せず、しばしば辺境に侵入しては荒らし回っています。(略)先帝は辺境の人たちが長いこと匈奴のとりこになるのに苦しんでいるのを哀れみ、烽(夜ののろし)、燧(昼ののろし)をととのえ、兵士を駐屯させて、匈奴に対する備えとされました。ところが、経費が不足し、そこで塩・鉄・酒の専売を行い、均輸の制度を設け、物資が増し、財政が豊かになるようにして、辺境防備の費用を助けられました。今論者は、これらを廃止するようのぞんでいます。そうなると(略)塞を守り、城壁をのぼる兵士を飢えこごえさせることになります。」

文学「(略)」

御史大夫匈奴は悪賢く、ほしいままに塞に侵入して、わが国を犯ししいたげ、郡県の民や朔方郡(今の内蒙古のオルドス)の都尉を殺し、まことにもって上に逆らう無道な輩。すぐにでも誅討すべきものです。(略)」

文学「(略)」

御史大夫「むかし国家を建てた人は、人民に農業と商工業とをやらせ、有無互いに通じさせました。(略)だから手工業者がいないと、農具にこと欠き、商人がいないと、貴重品は姿を消します。農具に事欠くと、穀物は生産されないし、貴重品が姿を消すと、富が乏しくなります。(略)」

文学「(略)」

御史大夫「(略)隴(甘粛省)や蜀(四川省)地方産の朱・漆・旄・羽、荊(湖北省湖南省)や揚(江蘇省安徽省)地方産の皮革・骨・象牙、江南(揚子江以南一帯)地方産の楠・梓・竹・箭、燕(河北省)や斉(山東省)地方産の魚・塩・毛氈・皮衣、えん(山東省、河北省のあたり)や豫(河南省)地方産の漆・糸・絺・紵は、生活を維持し、死者を送るのに必要な物資であり、商人の手によって流通し、手工業者の手によってでき上がるものです。(略)」

文学「(略)」

御史大夫「さきごろ、郡国の諸侯はそれぞれその地の産物を貢物として送ってきたが、往来が面倒で困難だし、産物は粗悪なものが多く、中にはその費用をつぐなわないものさえあります。だから郡に輸送の役所をおき、互いに産物を供給したり運搬したりして、遠方から貢物を出すのに利便をはかることにしたので、均輸といいます。次に物資を買い集める役所を都につくり、そして物資を独占します。値段が安い時は買い入れ、高い時は売り出します。そこで国家は損することなく、商人は利益をむさぼることはありません。だから平準と言います。平準が行われると人民に失職者はなく、均輸が行われると、人民は労働が均等になります。(略)」

文学「(略)役人は悪どいことをやって値段を一定にするので、農民はまたも苦しみ、女工はもう一度税金を取られることになり、国家へ納めるのが公平なのを見たことがありません。役人は勝手に徴発し、市場の門を閉じて市場を独占すると、すべての物資が何でも集まります。物資が何でも集まると、物価が騰貴します。物価が騰貴すると、商人たちは利益をむさぼり、自分の手で取引をやります。役人は悪いことを容認し、権力を持つ役人や富裕な商人は物資を買い占めてその値上がりを待つし、小商人や悪い役人どもも安い値段で買い入れ、値上がりした時に売り出すので、物価の調節がとれているのを見たことがありません。(略)」

以上が根本問題についてで、以下諸問題についての議論がなされている。