東洋文庫 中国・朝鮮論 吉野作造 (1904〜1932)

本書は雑誌などに発表された吉野作造の論文集である。吉野作造袁世凱の子息の家庭教師を勤めた経歴があり清国の内情につとに詳しいところがある。

再び支那人形式主義(1906)

(略) 例えば、直隷袁世凱氏は比較的廉潔公正にして、鋭意進歩改善の功を奏せんと焦慮しつつある人だそうだけれども、いかんせん、その部下にはあらゆる機会を捉えて私利私欲を肥やさんとの連中が多いから、総督の意思はなかなかその通りには行われない。袁総督の最も信用ある某顧問官は初め日本居留地内に一家を持っていたが、袁総督の切なる乞によって総督衙門(がもん)の近所に移った。その時総督の話では、相当の住宅に家具一切をそえて給するとの約束だったそうだ。サテいざ行ってみると、家はなるほど相当ではあるが、中には古テーブル一脚にボロボロの椅子が三脚備え付けてあるのみであった。ソレデその他の家具はと尋ねたら、イヤこれが家具一切でござるとの事だったそうだ。これというのは、総督より家具一切の設備費として少なからぬ金を出しておるのだけれど、中に立つ役人が途中で儲けるのである。されば、支那人との約束は、家宅、食物を供するから、月給を少なくしてくれというような要求には決して応じてはならぬとの事だ。何でも金で取るに限るとの定論である。 (略)

吉野作造漱石みたいに満韓の視察も行なっている。

朝鮮統治の改革に関する最少限度の要求(1919)

(略) 総督を軍人にして置くというのは、朝鮮の統治そのものは、いったい文官の地位を認めていない。朝鮮には度支部長官だとか或いは逓信局長官だとか、或いは内務部長官だとかいういろいろの官職がある。皆錚々たる文官をこれに配して統治して居りますけれども、これらの人等の意見が、朝鮮統治の上に実際どれほどの効力があるか。私は飾物に過ぎないと思う。(略)朝鮮の統治は、殆ど凡て憲兵たる警務総長を通して軍人系統がやっているのであります。そういう政治を維持するためには総督が軍人でなければならない。(略)

私は朝鮮の文官の人達ともチョイチョイ話をしてみましたが、これらの人の意見も聞いてみると存外、固陋だと思うことがあります。いわば軍人かぶれがして居ると思う。けれどもまだ文官なら話がしよい。教育に就てこんな事をやってはいけないとか何とか議論すれば、とにかく話がわかる。ところが軍人になると、思想上から言っても吾々から見ると宛として治外法権の区域だから、吾々が何と言っても通らぬ。そこで文官の方は、例えば輿論に聞いてこんな風に改革しようと思っても、武官がズット勢力を張って居る結果、全然改革ができませぬ。それだからいろいろと面白い現象が起こる。文官は私共の眼から見れば附属物で、私共は朝鮮の文官になれと言われても、馬鹿馬鹿しくてなれませぬが、それでもこれらの人々が自分の地位に法律上与えられた権限に基づいて何か画策する所がありますと、それをすぐ軍人が後から来て打ち壊す。例えば今度の朝鮮の騒動には、外国の宣教師が扇動したとか何とか言っている者もありますが、これはどうも武官系統の者が言い触らしたらしい。朝鮮の文官系統の人はこれを認めない。内務部長官をしている宇佐美君が宣教師のおもなる者を集めて、それは貴下方の中に、二人か三人悪い者があるようだけれども、だいたいに於いて吾々は諸君の誠意を疑うものでない。だんだん朝鮮の政府で、諸君を取締るとか何とか、いろいろな事をするという風評があるけれども、断じてそういう事はしないから安心しろと懇ろに述べた。しかるに翌日警察の方ではドンドン外人の家宅捜索をやったので彼等はびっくりした。(略)

このように実例があると歴史の目撃者としての著者が残した貴重な文献としての価値がある。この他いろいろ論じていることの中には歴史の結果からいうとどうかなというものもある。