NHK ニュース解説 時論公論 2019年7月17日放送分

担当 解説委員 櫻井玲子

こんばんは。ニュース解説、時論公論です。アメリカを代表する巨大IT企業Facebookが来年からリブラと呼ばれる独自の暗号資産、いわゆる仮想通貨を発行すると発表し注目を集めています。これに対し各国からは懸念の声が相次いでおり、今夜からフランスで開かれているG7先進7カ国の会合でも主要なテーマの一つとして議論が行われています。暗号資産に参入するFacebookの構想とは何か、何故世界各国に衝撃を与えているのか、そして今後の課題は何かを今夜は考えます。

Facebookはインターネットを通じて昔の同級生を見つけたり、知り合い同士を繋げたりする仕組みが売りの世界最大のソーシャルネットワークシステムです。利用者は各国合わせて20億人以上、ただ最近はライバル企業との競争により本業のビジネスモデルに翳りが見えるという指摘も出ています。こうした中先月中旬に発表されたのがリブラという独自の暗号資産を作る計画でした。white paperと呼ばれる計画書によると、目的は国境を超え世界共通で使えるデジタル上のグローバルを作る事、また銀行口座を持たない人でもスマートフォンがあれば海外にお金を送ったりネット上の買い物ができたりする金融インフラを提供することだとしています。途上国を中心に既存の金融システムから取り残された人々のためにも新しいサービスを提供する、そんな社会責任も強調されています。友達にメールを送るのと同じ気軽さで瞬時に送金できる、出稼ぎ労働者が高い手数料を取られることなく故国にお金を送る、途上国に住む家族もスマホさえあれば(2分経過)簡単にそれを受け散る事ができる、そのための新しい形のお金だというのです。

そこでFacebookは子会社を作り27の企業・団体とともにリブラ協会をスイスジュネーブに設立、新しい暗号資産の運営は協会が担い、リブラの運用開始後はその一メンバーとして参加するとしています。しかし計画に対し各国からは反発や心配する声が相次いでいます。お膝元のアメリカではトランプ大統領が「暗号資産は好きではない。Facebookが銀行になりたければ規制の対象として云々」リブラの開発の一時中断を求めるという強硬な意見が出ていた議会では16日、Facebookの幹部が証人に呼ばれ、二時間以上にわたる公聴会で厳しい意見を突きつけていました。また先進7カ国で作るG7の議長国フランスも「リブラが各国に通貨に代わる事態が起こってはならない」とし、今夜から開かれている財務省中央銀行総裁会議でも議論が行われます。さらにはIMF国際通貨基金も計画に警鐘を鳴らす報告書を今週発表、一民間企業の計画段階に過ぎない構想に波紋が広がっています。ではこの計画、何故ここまで注目されているのでしょうか。

一つ目の理由は、圧倒的なスケール感です。Facebookを使う20億人が自分のアカウントを使ってリブラを使うようになれば、超巨大金融サービスが誕生する可能性があります。日本のメガバンク一行の利用者が数千万人、暗号資産の中では知名度が高いビットコインの利用者が世界で4000万人程度と言われるのに比べ、桁違いの大きさです。(4分経過)二つ目は提携するパートナーの豪華さです。リブラ協会のメンバーにはVISAやマスターカード、自動車相乗りサービスのUberやオンライン予約サイトのBooking.comが名を連ね、今後は加盟社を100社にまで増やすとしています。日本の大企業が加わる可能性もあります。これまでの暗号資産が一部の店でしか使えなかったのに対し例えばVISA加入店であればどこでも使えるようになる。あるいはUberを使ってタクシーの運転手をしリブラを稼ぐ、そのリブラでBooking.comを通じホテル代の支払いをネットで済ませたりマスターカードで買い物したりする、こうした事が実現できればリブラだけで生活できるリブラ経済圏が瞬く間に誕生するのではないかとの声が挙がっています。そして最大の特徴はリブラを複数の国の通貨と連動させた裏付けのある暗号資産にしようという点ではないでしょうか。リブラ協会にはリブラの発行量と同じ価値の通貨や国債を積み立てておきリブラとドルなどを一定の比率で交換できるようにするとしています。また裏付け資産には変動の少ない通貨をいくつか選び、リブラと通貨を連動させる事で価格の変動を抑えると言います。裏付け資産が無いビットコインなどの値動きはドルや日本円などの値動きとは関係無く乱高下を見せているのとは違う、目的は金融商品というより電子マネーに近い使い方を目指しているとも言われています。

ではリブラ計画には具体的にどのような心配があるのでしょうか。アメリカ議会で開かれたばかりの公聴会での議論も踏まえ見ていきたいと思います。まずは信頼性の問題です。公聴会ではFacebookが(6分経過)数千万人分のデータを流出させる事件を起こした事を指摘する議員が相次ぎました。大量の個人情報を集めるFacebookが他人の動きまで逐一把握するようになればどうなるか心配する声が絶えません。Facebookがリブラ専用の子会社を作りFacebookが勝手にリブラ関連の情報を使うことはないとしていました。懸念を払拭するには至っていません。また最近tetherという別の暗号資産がドルの裏付けを前提としていたはずなのに実は発行量の4分の3しかドル資産の積立が無いと伝えられたケースも多くの人の疑念を生んでいます。リブラ協会の運営が何らかの形でうまくいかなくなった場合誰が責任を取るのか、民間企業がどこまで利用者を守れるのか問われることになります。

次に送金システムが犯罪行為に使われるマネーロンダリングの可能性です。金融当局者が特に注目しているのは計画の中に仮名で複数の口座が作れると読み取れる件りがあるという事です。海外送金の基本条件として本人確認がありますが、匿名で口座を作れるならば送金システムが犯罪に利用されるリスクがないのか、各国が協力して作り上げてきた規制の網をくぐり抜けることにはならないのか、各国が協調し適切な規制を具体的に決められるかが争点です。そしてとりわけ注目されているのが各国の中央銀行の金融政策に及ぼす影響です。国はそれぞれの通貨を発行し流通量を調節することで景気を引き締めたり下支えしたりします。しかしリブラが国の法定通貨と置き換わっていけば(8分経過)こうした制御が効かなくなるのではないか、アメリカからすれば途上国でも広く使われる通貨がドルからリブラに代わりドル基軸通貨体制が揺らぐのではないか、そして新興国などで金融危機がおきそうになった時国民がスマホで挙って自分の国の通貨を売りリブラを買い求めれば通貨の急落や金融機関の倒産を加速させるのではないか、こうした疑問や懸念がある、何より注目すべきはリブラを発行できるのがリブラ協会だけだという点です。これまでは各国の中央銀行のみが得てきた通貨発行権をリブラ協会が得ることで中央銀行の力が及ばない経済圏を作ります。将来的には中央銀行の役割や存在を脅かすことすら考えられるその潜在的な可能性に各国の金融当局も警戒感を強めています。リブラは安くて安心な送金手段を必要とする人々の救世主なのか、それとも一IT企業が世界的な支配を強めるだけのための野望に過ぎないのか、賛否両論ある中共通して聞かれるのは議論が不十分なまま計画どおり来年からリブラを発行するのは難しそうだという声です。Facebookが提起したアイデアの革新的な要素は◯△×、業者や金融機関を納得させる仕組みを作れるか問われることになりそうです。