東洋文庫 琴棊書画 (1958)

著者の青木正児氏は京都帝大卒出身の中国文学研究者である。本書は当時山口大学教授だった著者が定年退官の頃にまとめられた論考、随想集である。

本編を読んでみて用語の多さと堅苦しさが感じられた。身近な感じのするエッセイを一部だけ紹介する。

《とある木立の傍を過ぎ行く途端、先生は足を停めて一樹を指し、「これが万葉に出て来る馬酔木だ」と教えられた。私は走り寄って眺めると、白い小さな花が淋しくぶら下がって、変哲も無い樹であった。あんな花、どこが好くて歌われたのかとあっけなく、ただ先生の博識に感心したばかりであった。
花といえば絢爛たる色か、白色ならば花が大きいか真白に咲いているのでなければ美しいと思えなかったそのころの私にとって、馬酔木の物足りなかったのも無理はない。それが近年植木市で馬酔木の老木一株買って書斎の窓前に植え、花も美しく、葉も美しく、ことに若葉の頃は見あかぬほど美しく思い、読書に疲れた眼を慰むる伴侶とするに至ったのは、年のせいでもあろうが、もとを正せばあの時先生に教えていただいた賜物である。(略)》

分かり易いけれどこれも褒められるような文章とは言えない。先生とは幸田露伴のことである。