東洋文庫 日本事物史 1 (1939)

著者のチェンバレンは序文でこう語っている。

《こんなわけで、一八七三年に日本に着いた筆者は、もう四〇〇歳にもなったような気持ちがして、老人のよく知られた特権—おしゃべりと威張った態度—を何の苦もなくとるようになるのである。著者は日本のことについて、常によく質問を受ける。そこで、その返事を辞書の形にして—単語の辞書ではなくて事物の辞書〔事典〕という形にして—本書をまとめたのである。》

本文を少し紹介する。

《鵜飼

(略)鵜飼は常に夜、松明の明りの下で行われる。このときのやり方は、故パーマー陸軍少将が、タイムス紙への寄稿の手紙(一八八九年七月一七日付)の中で次のように述べている。 「まず、七艘の船の各々に四人の男が乗っている。その中の一人は船尾にいて、仕事は船を操ることだけである。船首には鵜匠がおり、その位階を示す特別な帽子(頭巾)で見分けがつく。彼は一二羽を下らぬ馴らした鵜を扱っている。そのあざやかな手さばきと落ちついた様子が、岐阜の鵜匠たちに天下無敵の名声を与えているのである。船の中央にもう一人の漁師がいる。これは位が次で、四羽だけ扱っている。彼らの間に四番目の男がいる。彼は「かこ」と呼ばれる。これは竹で作った叩く道具の名前から来ている。彼はこの竹の道具を鳴らして鵜たちを仕事につかせる。彼はまた大声でどなったり叫んだりして、鵜たちを励ます。彼は予備の器具類などを点検したり、必要が起こるといつも手伝いをする。(略)」》

《お伽噺

日本人は多くのお伽噺を持っている。しかし、その中の大部分は中国の起源であり、また、その中の幾つかは仏教、すなわちインドに起源をたどることができる。もっとも知られているものは、浦島、桃太郎、猿蟹合戦、舌切雀、鼠の嫁入り、花咲爺、かちかち山、分福茶釜である。

これらの物語をフェアリー・テールズ(妖精物語)と呼ぶのは便利ではあるが、正しい意味のフェアリー(妖精)は物語の中に出て来ない。妖精の代わりに出てくるのは、鬼であり、悪魔である。これとともに、狐、猫、狸が悪事を働く超自然力の持ち主として登場する。 お伽噺の世界は「シンデレラ姫」や「深靴をはいた猫」など持つヨーロッパのお伽噺の世界とまったく異質なものであり、さらに、豪華で、複雑怪奇なアラビアン=ナイトの世界とも全く別の世界である。(略)》

これだけ読んでもチェンバレンの文章が非常に明快かつ正確である事がわかるだろう。