埴谷雄高 死霊 (1946)

     瘋癲病院(精神病院)を訪れた三輪与志は矢場徹吾の主治医である岸博士と面会する。矢場徹吾は与志の旧制高校時代の親友である。回想風に寮生時代のエピソードが出てくるがみな変人ぞろいである。矢場は寮に面会に来た少女と共に姿を消していた。それが刑務所を経て今日精神病院に入るのだと云う。

   与志が部屋を訪れた時、岸博士は痴呆症の美少女に奇妙な行動療法を実施している最中だった。岸博士は精神医学界の若き俊英で兄の三輪高志の友人でもある。 三輪高志は三輪家の長男で共産主義者だった。或る日特高警察により逮捕され釈放されたが今は病床にある。この辺は作者の経歴と重なるものがある。矢場徹吾は精神病とされてはいるが症状からすると完黙状態であり何かひたすら理論を考えているのかもしれ無いのである。その証拠に他の登場人物と比べても血色が良いようだ。

    さていよいよ護送の看守に連れられ矢場が登場する。そこに乱入してきたのが 同じ刑務所に居た首猛夫である。首猛夫は三輪高志の親友で同じ容疑で刑務所に入れられていたが矢場と同じ日に釈放されたのだと云う。少々荒々しい首猛夫の自己紹介が終わってみるとこの四人は旧制第一高等学校の関係者という事になる。

     挑戦的な首猛夫の調子に岸博士は冷静に応答している。首猛夫は饒舌であり議論を仕掛けるのが好きなようだ。そこへ長身の少女が現れる。彼女は津田安壽子、与志の婚約者であり警視総監の娘である。今日は三輪の祖母の埋葬日で与志を呼びに来たのである。少々無理矢理感はあるが一応役者が出揃った。