NHK BS ロシア 小さき人々の記録 (2)

   ソビエト連邦崩壊後は自殺者が増加したという。チミリヤン・ジンアトフもその一人である。彼はブレスト要塞攻防戦で戦ったタタール人兵士である。戦闘で意識不明となりドイツ軍の捕虜となる。戦後帰還するとスパイとみなされ収容所に送られる。だがスターリンの死後フルシチョフによるスターリン批判により復権し一転英雄となる。

   アレクシェービッチはシベリアの町ウスチ・クートを訪れる。ここはシベリア第二鉄道の起点である。多くの出稼ぎ労働者が今も住み着いているという。ここにジンアトフの妻と息子が暮らしている。妻のアナスタシアが出迎える。ジンアトフは引退後は戦勝記念日に自分の作った線路をたどり一週間かけてブレスト要塞の式典に行くことが楽しみだったという。ところが連邦崩壊後はコツコツ貯めた財産は紙くずとなりそれもままならなくなった。ある日有り金を全部持って家を出たジンアトフは自殺死体で見つかった。妻が啜り泣きながらジンアトフの思い出を語る。

  アフガン戦争が起こるとアレクシェービッチはその実態を確かめるため現地に向かった。カブールで両腕の無い子供を見舞う。アフガン帰還兵の問題も深刻である。ミンスクで起こった連続殺人事件の犯人ワレンチン・シジェリコフはアフガン帰還兵だった。彼は逮捕され懲役15年の刑を受ける。アレクシェービッチは母親のニーナに密着取材する。息子は肉切用の斧で犯行を行っていたという。アフガン戦争が息子を奪ったという。ニーナも執着心が凄い。「アフガン帰還兵の証言(1991)」は物議を醸しアレクシェービッチは裁判沙汰に巻き込まれている。ワレンチンは釈放されると待ちわびる母を捨てあるキリスト教団体の元で生活を始める。ニーナは教会に乗り込んでゆき教組と聴衆の前で論争となる。その後ニーナは精神病院に入った。

  どちらも一編の小説か映画になりそうなエピソードになっている。切り口が上手なのだ。さすがはノーベル賞受賞作家である。だが物事は書いた瞬間嘘になるという法則を忘れてはならない。彼女もその法則からは逃れ得てはいないだろう。