東洋文庫 断鴻零雁記 飯塚朗 訳(1912)

  蘇曼殊(1884ー1918)の中編小説である。蘇曼殊は横浜の華僑の家に生まれるが長じては支那大陸を股にかけ活動し35歳で夭折した。年譜によると康有為をピストルで暗殺しようとしたが止められたとある。

  小説は打って変わって至って軟派な代物である。不遇の幼少期を送った主人公が許嫁と別離し僧侶に身を落とした後、日本の母と再会しここでも伯母の養女と巡り会うが思いを断ち切って別離し支那大陸に渡る。どちらも絶世の美女であるというのが通俗小説っぽい。日本のそれとは異なり親子兄弟の関係が極めて濃密でありそれを基軸にストーリーが展開する。会話はほぼ中国の古典文学や故事の引用で成り立っておりディレッタント文学とも言える。

  明治時代なので結構船便があり支那に渡った主人公は古寺を転々とし同じような境遇の若い僧と旅を続ける。許嫁は死んだという話が伝わり落胆した主人公は許嫁の故郷の村を訪れる。

  小説では主人公は親思いであり中国の古典と絵画に造詣が深く詩作も得意のように描かれている。本作は自伝的小説とされているがどうも年譜によると作者は入院先の病院を追い出されたりしておりかなりの人格破綻者のように思えてくるのである。