吉岡忍 「事件」を見に行く (1988)

  新聞記事を元に著者が現地に一人で取材に行き原稿用紙8枚分のルポルタージュにした作品が48本集められて一冊の本になったものである。何気ない三面記事の背後にシュールな現実が広がっているという状況は安部公房箱男に通じるものがある。記事の一つを紹介する(一部改変あり)。

焼豚男

  「人間は信用できない」と、横浜市近郊に広がる山中に二十数年間もこもり、時折山から下りては食料品などの盗みを働いていた男が二十五日、栄署から窃盗の疑いで横浜地検に送検された。(毎日新聞1987年6月26日)

  M氏56歳は神奈川県鎌倉市で生まれ藤沢市の中学を卒業。冲仲仕、進駐軍の臨時雇いをした後窃盗を始め26歳で服役する。刑務所で嫌な思いをしたのか人間嫌いになり人のいない山中にひっそりと住むようになる。山といっても横浜市内の標高153mの円海山という山である。ここに掘建て小屋をいくつも作り食糧が無くなると事務所などに侵入し窃盗をする。この時冷蔵庫に焼豚が有れば必ず失敬する手口から刑事の間では焼豚男と呼ばれていた。神奈川県警はヘリを飛ばし山狩りもしたが男を見つける事は出来なかった。刑事達も知恵を絞る。次に侵入しそうな事務所にアラームを仕掛け、鳴ったら急行する作戦を立てる。勿論事務所には焼豚をたっぷり置いておいた。今回この作戦が功を奏し犯人逮捕に至ったのである。被害額はこの半年で300万だったという。

  いろいろと示唆に富む記事である。裏を返せば年間100万くらいの現金があればほとんど合法的にこんな生活ができる事をこの事件は示している。だが山中は蛇が出るらしいし川で身体を洗うというのもなかなかハードな生活である。この他にも興味深いルポが並んでいた。