吉田秀和 名曲のたのしみ 2012年6月30日放送分

時報

(女性アナの声で) 名曲のたのしみ。41年にわたって解説を担当された音楽評論家の吉田秀和さんが去る5月22日お亡くなりになりました。この時間は今年4月に収録した私の試聴室をお送りします。

名曲のたのしみ吉田秀和。今日は試聴室の番ですけれども僕は若い頃に聴いて面白いと思った昔の名人たちの演奏を聴いてみたいと思います。僕の若い頃は、つまり20世紀の前半でしたけれども演奏のスタイルっていうと謂わゆるノイエ・ザッハリッヒカイト=新即物主義というものの全盛時代でした。そして音楽を情緒的に感傷的に弾くんじゃなくてさっぱりとしたダイナミックな客観主義的な演奏が主流をなしてその中でジーノ・フランチェスカッティというバイオリニストとロベール・カサドシュというフランスのピアノの名人と演奏したベートーベンのバイオリンソナタ全曲のセットてのを久し振りに出ました。聴いて見るとそのー非常にスカーッとこのー爽快な演奏ではあるけどもかぶかどでなんと言うかなあちょっと洒落っ気があるようなね、そういうテンポの緩みをやってみたり、それから音色をね、とても巧妙に変化させてる。ベートーベンの春って言われてる作品24へ長調の曲(第5番)なんかをね本当に良かった。いかにもフランチェスカッティのバイオリンが春っていうあだ名を呼び起こすのに適してるなというところがありますよ。〜音楽〜

今僕たち聴いたのは云々。もう一つベートーベン聴きましょう。今度はアルトゥール・グリュミオーのバイオリンとのクララ・ハスキルのピアノで、この二人も気取ったところのないしかし細かーいところまで神経の行き届いた、その頃はよく清潔っていう言葉を使いましたけどねえ、清潔な演奏でした。クララ・ハスキルという人はちょっと健康がなんかなあ、あんまり丈夫そうな人というのとは違って背中が曲がったようなところがあって見るからに弱そうな身体つきの女性でした。けれどもピアノの前に座るとね実にしっかりした姿勢になる。カザルスなんかは彼女のベートーベン聴いてるとこの人があんなに強い音楽やれるのかと思ってびっくりするよってな感想述べたってんで、そのクララ・ハスキルのベートーベン、グリュミオーのバイオリンと併せてハ短調ソナタ(第7番)作品30の2、これをね続けて聴きましょう。〜音楽〜

今僕たち聴いたのは云々。最後にシモン・ゴルドベルクのバイオリンとラドゥ・ルプーのピアノによる演奏でモーツアルトの演奏聴きましょう。モーツアルトの音楽は元々ロマンチックな感傷的なものとは正反対なものですからロマンチックな演奏のスタイルが流行してた時には妙に甘ったるいものになるまいと人によってはドライと言ってもいいような弾き方する傾きがありました。例えばシゲティーなんかそうですねえ。さっぱりしている、しかも味も素っ気もないのとは違うんだけども、そういうのの中で僕が好きだったのはシモン・ゴルドベルクという人のバイオリンによるモーツアルトの演奏でした。ラドゥ・ルプーのピアノと併せたモーツアルトのバイオリンソナタ第27番K.303ハ長調、これ聴こうと思います。今まで聴いてきた二組の名人たちに比べるとちょっと小粒だけど、でもねえ、なんとも言えない味があるんですよ。〜音楽〜

今日は云々を聴きました。それじゃあ又、さよなら。

名曲のたのしみ、お話しは吉田秀和さんでした。