東洋文庫 朝鮮小説史 (1939)

著者の金台俊は京城帝国大学朝鮮語学科を卒業、後に地下活動に参加し延安に脱出した。朝鮮独立後は反米闘争を行い李承晩政権によって処刑されている。

上古時代においては文学と言えるものは存在しない。三国時代に書かれたとされる金大問「鶏林雑編」、「花郎世紀」、崔致遠「新羅殊異伝」は残存せず後世に引用されているだけである。史書高句麗百済新羅の物は湮滅し高麗の時代に編集された「三国史記」及び「三国遺事」が唯一の古代文献である。著者は「三国史記」収載の「都弥伝」、「温達伝」について言及している。又「三国遺事」収載の「太宗春秋公」、「百済の武王」について詳述している。以下は著者による梗概である。

百済の武王

百済の武王はまだ幼かった頃その母が甘薯売りをして生計をたてていたことから、薯童(ソドン)と呼ばれていた。若年のころ、新羅の善花公主の美しいことを知ってこれに心を寄せたが、やがて僧侶に身をやつし、新羅の慶州へ赴いた。そして一計を案じた武王は、一首の歌を詠み、子供達に教えてこの歌を流行させた。その歌とは次のようなものだった。

善花公主の君は 人知れず嫁入りせしに

薯童さまを 夜ひそかに抱きて去れり

このため、善花公主は一朝にして宮中から逐われる身となった。この機会を逃さず薯童は、巧みに取り入って近侍の一人となり、いつしか公主の心をつかむまでにいたった。かくしてついに春風にたわむれる蝶のごとくひとつがいとなって、薯童は百済王となり、善花公主はその王妃となった。

高麗の時代は文化的に暗黒時代だったと著者は述べているが、高宗の時代に若干の稗官文学が芽生えている。「白雲小説」、「破閑集」、「補閑集」、「櫟翁稗説」などがそうである。又仏教の隆盛に伴って僧侶による文学も少なからずある。「浮雲居士伝」、「朋学同知伝」、「普特閣氏伝」、「王郎返魂伝」がそうである。「王郎返魂伝」の著者による梗概があるが省略する。「金牛太子伝」の梗概もあるが省略する。どちらも仏教説話である。

李朝の500年間は仏教が衰退し儒教特に朱子学が隆盛を誇った。この時代にハングルが創製されている。伝奇文学としては金時習の「金鰲新話(きんごうしんわ)」が有名である。この時代に成立した「沈清伝」については詳述している。壬辰・丙子の乱後には近代小説も出てくる。「春香伝」について特に詳しく詳述されている。他に「淑香伝」、「玉丹春伝」も取り上げて述べている。そのあとは新文芸運動について細かく述べて終わっている。