東洋文庫 庭訓往来 (14世紀)

これは古くから手習いの教科書として重用された庭訓往来の注釈本である。庭訓往来の成立は14世紀後半とされる。往来とは初級向けの教科書のことで11世紀から普及し始め近世からは爆発的に普及し寺子屋でも教えられたという。内容の一部を仮名交じり文で紹介する。その調子たるや極めて流麗と言えるだろう。

正月状 往

春の始めの御悦び、貴方に向かって、まず祝い申し候ぬ。富貴万福、猶もって幸甚々々。そもそも、歳の初めの朝拝は、朔日元三の次をもって、急ぎ申すべきの処、人々子の日の遊びを駈け催さるるの間、思いながら延引す。谷の鶯檐の花を忘れ、薗の胡蝶の日影に遊ぶに似たり。頗る本意に背き候いぬ。はたまた、楊弓、雀の小弓の勝負、笠懸・小串の会、草鹿・円物の遊び、三三九の手挟み・八的等の曲節、近日打続き、これを経営す。尋常の射手、馳挽きの達者、少々御誘引あって、思食し立ち給わば、本望なり。心事尽くしがたし。参会の次を期して、委しくは腐毫に能わず。恐々謹言。

左衛門尉藤原

謹上 石見守殿

十一月状 往

この間は持病再発し、また心気・腹痛・虚労等更発、かたがたもって療治灸治のため、医骨の仁を相尋ね候といえども、藪薬師等は間々見え來るか、和気・丹波の典薬、曽てもって逢い難く候。施薬院の寮に然るべきの仁あらば、挙達せらるべきなり。針治・湯治・術治・養生の達者、殊に大切の事に候。この辺に候輩は、脚気・中風・瘧病・上気・頭風・荒痢・赤痢・内痔・内癰・癰丁の腫物・咳病・病歯・膜等は、形のごとく見知り候か。癲狂・癩病・傷寒・傷風・虚労等は、才覚なく候。同じくは擣しの合薬・瀉薬、本方に任せ、名医の加減をもって一剤を合わし、この薬を服さしめんと欲するの条、もっとも本望に候。禁好物の注文、合食禁の日記、薬殿の壁書に任せ、写し給わるべく候。万端筆に馳せがたし。しかしながら面拝を期す。恐々謹言

十一月十二日 秦 某

進上 主計頭殿