失われた時を求めて (31)

いつの間にかプルーストはヴィルパリジ公爵夫人とも懇意になり幌付き四輪馬車で一緒にお出かけするようになる。そのヴィルパリジ公爵夫人とはプルーストによるとこの様な人である。以下引用文。(吉川一義訳)

《夫人はその言い訳をするみたいに、自分は父親の所有する城館の一つで育てられ、その城館のある地域にはバルベックのあたりと同じ様式の教会が散在し、そもそもその城館がルネサンス建築のもっともみごとな作例なので、かりにも自分が建築を好きになれなかったとしたら恥ではないか 、というのだ。ところがその城館は丸ごと美術館ともいえる宝の山であり、おまけにショパンやリストが演奏をしたかと思えばラマルチーヌが詩を朗読し、一時代のありとあらゆる著名な芸術家が一家のサイン帳に詩作や旋律やクロッキーを書きつけたという。》

遠出して教会建築を見て回る時にプルーストは道で見かける地元の娘に情欲を抱く様になる。ところが隣にはヴィルパリジ夫人がいてプルーストには何もできない。だが既に助平化したプルーストは別行動の際に目を付けた娘を口説いたり、途中下車して追いかけたりするのである。目が悪いのか追いかけた娘が ヴェルデュラン夫人だったという笑い話も披露している。プルースト口説き文句を紹介しておこう。以下引用文。(吉川一義訳)

《「きみはここの人みたいだから、ちょっとお使いをしてもらえませんか?ぼくはお菓子屋の前まで行かなくちゃならなくて、そのお菓子屋はどこかの広場にあるらしいんだけれど、広場がどこにあるかわからないんです。そこで馬車が待っているんだ。あっ、ちょっと!・・・人違いしたらいけないんで、訊いてください、ヴィルパリジ公爵夫人の馬車かって。まあすぐわかるはずだけれどね 二頭立てだから。」》

と言いながら5フランを渡すのである。