失われた時を求めて (35)

バルベックでは客がだんだんいなくなり、淋しい季節となった。そうした日の夕方、リヴベルのレストランに期待を込めてサン=ルーとともに乗り込んだプルーストは、彼に目当ての娘紹介してもらうつもりだったわけである。ところがプルーストはどんどん酒を飲んで酩酊してゆく。確かにあらゆる種類の女性がやって来てはいたが、プルーストにとっては赤の他人であり、サン=ルーの元カノも大勢いたわけだが紹介されることもなく、プルーストに言い寄ってくる娘もいなかったのである。翌日病弱なプルーストは二日酔いになっていた。眠りから覚めたのは午後二時であった。

バルベックに隠遁し創作活動をする有名画家エルスチールの知遇を得たプルーストは彼のアトリエを訪問する。美術好きのプルーストにとってはまたとない機会だが、本音では娘達の尻を追いかけたい気分の方が優っていた。ところがである。その時アトリエにやってきたのは近くに住む娘達の一人でエルスチールは全部の娘を知っているという。ということはエルスチールと浜辺を散歩すれば全員と知り合いになれるはずと素早く計算したプルーストはエルスチールに岬の見える浜辺に同行する事をせがんだ。岬や港についてエルスチールの解説を聴きたいと見せかけ娘達が現れるを待っていたのである。だがこの目論見はプルーストの判断ミスにより潰えてしまう。と言うよりエルスチールの意地悪なのかもしれない。この日アトリエで見つけた一枚の水彩画のモデルはひょっとしてオデット・ド・クレシーかと思ったプルーストは大胆にも画家に問いただす。図星だった。さらに記憶力の優れたプルーストは画家が昔ヴェルデュラン家に出入りしていたムッシュー・ビッシュである事も言い当てたのである。なんとも凄い反撃である。だがちょっと考えるとこれは変である。