失われた時を求めて (36)

エルスチールが午後の集いを開いてくれる事になる。もう確実にアルベルチーヌ・シモネを紹介してもらえるのだ。プルーストがコーヒー風味のエクレアを食べ終わり、ノルマンディーから来た老紳士と話しているうちにそれは完了した。待ちに待った出来事なのにその喜びは家に帰った後にやっと訪れたのである。何故そうなるのかプルーストはこう解説する。以下引用文。(吉川一義訳)

《愛する女性から、一年前から待ちあぐねていた吉報なり悲報なりを受けとるとしよう。ところがおしゃべりはつづけなくてはならないは、つぎつぎと舞いこむ想念は意識の表層を覆うはで、不幸がわが身に降りかかったというはるかに深刻ではあるが偏狭な想い出はその下に埋もれ、ときどきかすかに表面に浮かび上がるにすぎない。》

プルーストはもう二、三の点で失望を感じており、アルベルチーヌが普通の娘にすぎないことを知る。古代ギリシャの処女のように崇めていた幻影は消え去ったのである。アルベルチーヌの物言いはこの様である。以下引用文。(吉川一義訳)

《「ひどいお天気ね!結局、常夏のバルベックなんて、まっ赤な嘘だわ!ここでなんにもしないの、あなたは?ゴルフ場でも、カジノのダンスホールでも、一度も見かけないわね。馬にも乗らないんでしょ。退屈ね!」》