失われた時を求めて (42)

プルーストの目標はゲルマント公爵夫人と親しくなり、さらにいうと彼女の寵愛を受けることである。散歩作戦が大失敗に終わった今、プルーストが思いついたのは、ドンシエールに駐屯中のサン=ルーに口を利いてもらうことだった。プルーストの才能を高く買っているサン=ルーはアポなし訪問にも快く応対し、しかもプルーストが夕食会に呼ばれるよう取り持ってくれるという。プルーストは口が上手なのだ。

今回の旅行記は結構長くて記述が詳細なのだが、とても紀行文とは言えない。プルーストによるドンシエールの街の不思議な情景描写を少し紹介する 。以下引用文。(吉川一義訳)

《広場の敷石に一歩ふれるたびに足は跳びあがり、わが踵にメルクリウスの翼が生えたかと思われた。噴水の一つには赤い残照があふれているのに、べつの噴水では月明かりで水はすでにオパール色になっている。ふたつの噴水のあいだで遊ぶ子供たちが大声をあげ、いくつも丸い輪をつくるのは、なにか時刻の要請にでも従ってそうするのか、まるでアマツバメかコウモリの群れのようである。》

二週間ほどの滞在で、サン=ルーの同僚も交えての楽しい夕食会が何度も開かれ、戦術論の話題で大いに盛り上がった。その具体的内容を示す。以下引用文。(吉川一義訳)

《「交戦部隊の一方が作戦を準備しているあいだに、斥候の一隊が相手の陣営近くで殲滅させられたという報告を読んだ場合、そこから君が引き出せる結論のひとつは、前者の攻撃を失敗せしめる意図をもって後者が防衛措置を講じており、前者がその措置を探ろうとしていた、ということだ。ひとつの地点でとりわけ激しい戦闘がくり広げられるのは、その地点を奪取せんとする意図をあらわしている可能性もあるが、そこに敵を引きつけておきたい、敵方が攻撃してきた地点では応戦したくないという意図を示すこともあり、ただの陽動作戦にすぎず、そのように戦闘を激化させることで、その地点からの部隊の撤退を隠そうとしているのかもしれない(これはナポレオン戦争でよく使われた古典的陽動作戦だよ)。」》

このサン=ルーのセリフはアンリ・ビドゥーの寄稿文を参照したものであるという訳注がある。