失われた時を求めて (64)

さてプルーストはゲルマント大公夫人には声をかけられて何とか紹介儀礼を終えることができたが問題はゲルマント大公である。相変わらず喧しいシャルリュス氏を避けながら進んで行くとある婦人に声をかけられる。ところが誰なのか思い出そうとしても名前がうまく出てこないのである。こういう時プルーストは延々と脱線して持論のようなものを述べて行く。読者としてはまたかとうんざりするのだが筆者がそれに反応してこう言うのである。以下引用文。(吉川一義訳)

《「そんなことをくどくど聞かされても」と読者は言うだろう、「問題の婦人がどんな点で不親切なのか全然わからない。作者よ、あなたがこんなにも長々と脱線して先に進まぬからには、読者としてもあなたの時間をあと一分だけつぶさせて、こう言わせていただきたい、そのときのあなたのような若さで(主人公はあなたではないのなら、あなたの主人公のような若さで)これほどもの覚えが悪く、よくご存知の婦人の名前すら想い出せないとは困ったことではないか。」いかにも、読者よ、これは困ったことだ。(略)「で結局アルパジョン婦人はあなたを大公に紹介してくれたんですかい?」そうではなかったが、つべこべいわず、私に話のつづきを語らせてくれたまえ。》

こういう技法はなかなか面白い。落語あるいは手塚治虫の漫画に通じるものがある。