失われた時を求めて (69)

バルベックを再訪する。今度はロベールに教わったピュトビュス夫人の小間使いを追いかける旅行である。その小間使いは見たことがないような美人で、まるでジョルジョーネ作『眠れるビーナス』のような女だという。ピュトビュス夫人がカンブルメール邸に宿泊するという情報を得たプルーストは、カンブルメール夫人への紹介状をロベールに書いてもらいグランドホテルに逗留して、ガーデンパーティーに呼ばれるのを待つ。

さらにこの事とは別に浜辺で出会う数多くの美人をものにしようと、プルーストは二本立ての作戦を練っているのである。

ところがホテルの部屋に入り靴を脱ごうとした瞬間とんでもないことが起こる。以下引用文。(吉川一義訳)

《最初の夜、疲労のせいで心臓の動悸が激しくて苦しくなった私は、その苦痛をなんとか抑えながら、ゆっくり用心深く身をかがめて靴をぬごうとした。ところがハーフブーツの最初のボタンに手を触れた途端、私の胸はなにか得体の知れない神々しいものに満たされてふくらみ、身体は嗚咽に揺さぶられ、目からは涙がとめどなく流れた。》

祖母の思い出が突然蘇ったのである。余程祖母に支配されていたのか、祖母にまつわる愛憎のようなものが心に深く刻まれているようだ。そして今、母がホテルを訪ねてきた。するとプルーストは母を祖母に見立てていろいろ考察するのである。

この著者はきれいごとばかりならべ立てているが、先程までは欲望をギラギラさせていたではないか。この章では著者の偽善性が特に感じられる。