失われた時を求めて (72)

第9巻に入る。ひょっこりひょうたん島の様になって来た。ラ・ラスプリエールの晩餐会に出席するためにプルースト小鉄道に乗る。この列車に今日出席する者たちが乗り合わせてくるのである。まずパリ大学医学部のコタール教授、ソルボンヌの教授ブリショ、元古文書学者サニエット、ポーランド人の彫刻家スキーといった面々である。暇なプルーストは一人一人の特徴を皮肉を込めて解説する。特に元神童だったスキーの事が嫌いな様である。以下引用文。(吉川一義訳)

《しかしヴェルデュラン夫人は、どんな芸術でも楽々とものにするスキーにはエルスチール以上の素質があると信じて、いま少し怠惰でなければこの自在な腕前をなんとか才能にまで高めることができたはずだと確信していた。》

スキーは絵も、歌も、ピアノも、彫刻も何でもやってのける男なのだ。

《スキーは目を瞠る頭のいい人間として通っていたが、じつのところその考えは二、三のきわめて単純な考えに帰着するものだった。変わり者という世評を嫌ったスキーは、自分が事実を重んじる実務的な人間であることを示そうと肝に銘じていたが、結果としてその口から得々として出てくるのはうわべだけの正確さ、偽りの良識であり、まるっきり記憶力を欠いた本人の情報がつねに不正確だから、それは輪をかけて惨憺たるものになった。》