失われた時を求めて (83)

プルーストがバルベックを逃げ出した本当の理由を白状している。以下引用文。(吉川一義訳)
《たしかにバルベックを逃げ出したのは、アルベルチーヌが笑いながら、もしかすると私をあざ笑いながら悪事をはたらくのではないかと怖れた私が、本人が二度とあれやこれやの女性とは会えないと確信できるように、そこを離れることでアルベルチーヌの悪しきつき合いを一挙に断ち切ろうと策をめぐらした結果である。》


要するに嫉妬心の事を述べているに過ぎないが、プルーストの巡らす考えはウパニシャッド並の難解さである。
《アルベルチーヌの遠出につき添わなければ、私の精神はかえってより広々とさまよい、自分の五感でその日の朝を味わうのを拒否したために私が想像上で楽しんだのは、過去のものにせよ可能なものにせよ類似のありとあらゆる朝であり、より正確に言えば、同種のあらゆる朝の間歇的なあらわれであり、私にはただちにそれと認められるある種の典型的な朝である。》


これもそうである。
《ただ苦痛によってのみ、私の厄介な愛着は存続していたのである。苦痛が消え失せ、それとともに、残忍な気晴らしみたいに注意を凝らして苦痛を鎮める必要もなくなると、私にとってはアルベルチーヌは無であり、アルベルチーヌにとっては私は無であると感じられた。》