失われた時を求めて (96)

シャルリュス氏の長い無駄話(といってもプルーストの関心を惹いたのは確かだが)が続いたあと、やっと次の場面にさしかかる。以下引用文。(吉川一義訳)

《私たちがしゃべっているあいだに、ヴェルデュラン氏は妻の合図でモレルを連れ出していた。そもそもヴェルデュラン夫人は、たとえあれこれ熟考の末、モレルにぶちまけるのは日延べしたほうが賢明だと思ったとしても、もはやそんな我慢はできなかったであろう。ある種の欲望は、ひとたび膨れあがらせてしまうと、ときに口元で抑えこんだとしても、その結果がどうなろうとあくまで満たされることを求めるものだ。》

その首尾はというと、モレルの打って変わった態度を見たシャルリュス氏はよろよろと打ちひしがれたのである。これにはプルーストも驚いた。シャルリュス氏は意外と脆いところがあるのだ。だが取り残されたシャルリュス氏に救いの女神が現れる。扇子の忘れ物を取りに来たナポリ王妃である。シャルリュス氏が酷い仕打ちを受けたのを悟った王妃は、氏に自らの腕を貸してヴェルデュラン邸から連れ出したのである。ヴェルデュラン夫人が挨拶に来ても「それは結構」と相手にしなかったのである。

その後のシャルリュス氏の反撃を期待していたプルーストは肩透かしを食わされる。シャルリュス氏が肺炎で倒れ息も絶え絶えになってしまったのである。回復後は奥ゆかしい発言をする人物に変身し、このこともプルーストを驚かせた。