家路に向かう馬車の中での会話である。以下引用文。(吉川一義訳)
《「あの名家の勇士を侮辱する意図など微塵もなく申しますと」とブリショは帰りの馬車の中で私にはっきり言った、「ただただ非凡の一言ですな、なにしろあの悪魔の教理提要を、少々シャトランふうの酔狂でもって講釈するんですからね。あえてユルスト猊下に倣って申せば、不信の輩の支配するわれらが時代に反旗を翻してアドニスを擁護すべく、おのが種族の本能に従い、ソドミストとしてのまったき純真さから十字軍に身を投じたこの封建領主の訪問を受ける日となりますと、私は決して退屈などしないのですよ。」》
この小説の特徴の一つはプルーストや他の登場人物が繰り出す古典を引用した比喩を散りばめた文章にある。
家に到着すると明かりのついた窓を見上げてプルーストはこう思った。
《もしあの上の部屋にアルベルチーヌがいなかったなら、また私の望みが快楽を得ることだけであったなら、私はもしかしたらヴェネツィアで、それが無理ならせめて夜のパリの片隅で、未知の女たちにその快楽を求めに行っただろうし、その女たちの生活にはいりこもうとしたことだろう。》
プルーストはアルベルチーヌのことを愛していない、むしろ邪魔であると何度も繰り返し述べながら、僅かばかりの美点をときどき挟んでくる。しかもこの状況を外部にはひた隠しにしているわけである。