失われた時を 求めて (107)

プルーストはアルベルチーヌを忘れるどころかどんどん燃料を投下して苦痛を倍増させている。その苦悩の表現はまるで屋根裏の哲学者である。以下引用文。(吉川一義訳)

《ときには私の心と記憶とのあいだの交流が途絶えることがあった。するとアルベルチーヌが洗濯屋の娘としていたことは、もはや私になにも想起させない代数のような略号で示されるだけのこととしか思えなくなった。ところがその途絶えていた流れが一時間に何度も復旧すると、私の心は容赦なく地獄の業火に焼かれ、嫉妬のせいでまぎれなく生きているアルベルチーヌが洗濯屋の娘に愛撫され身体をこわばらせ、「あなた、すごくいいわ」と言うのが目に浮かんだ。》

プルーストの苦しみが長い間続くと、やがて次のプロセスに進展した。優しいアルベルチーヌを想像してこう言わせるのである。以下引用文。(吉川一義訳)

《アルベルチーヌが生きていたらそうしたように、私は洗濯屋の娘の話はほんとうなのかと愛情をこめて訊ねた。アルベルチーヌは、それはほんとうではない、エメの言うことはあまり当てにならない。あなたからもらったお金に見合うだけのことはしたという顔がしたくて手ぶらで帰りたくないので、洗濯屋の娘に言ってほしいことを言わせたのだと請け合った。》