失われた時を求めて (117)

プルーストは寝る前に「ゴンクールの回想録」なるものを読む。これはヴェルデュラン夫人のサロンの様子を記したものだが文体が実在の作家ゴンクールのものになっている。無論プルーストの作であるが、文章の間が無いので読むのに一苦労する。間がない文章は心がない文章と言って良い。一部を紹介する。以下引用文。(吉川一義訳)

《「ひとりの作家がこれほど深く女性の内面に参入できるとは、みなさまのような西欧のかたには理解できないかもしれません」と結論めかして言う大公妃は、なるほどすぐれて聡明な女人という印象を私に与えた。給仕頭よろしく唇の周囲と顎の髭を剃って頬髭をたくわえた男がひとり、聖シャルルマーニュ祭のために選ばれた親しき優等生らと、第二級担当教師のごとき恩着せがましい口調にて冗談を連発、これブリショなる大学教師なり。》

この長くて読みにくい文章の後でプルーストは自身の観察眼について述べている。

《というわけで人びとの引き写すことのできる表面的な魅力に目をとめる能力を欠くせいで、私がその魅力に気づかないのは、外科医が女性のなめらかな腹の表面には目もくれず、その腹の内部に巣食う病変に目を凝らすのに似る。私がいくらよその晩餐会に出席しても会食者たちをよく見ていなかったのは、会食者たちを見つめているつもりで、じつは会食者たちにレントゲンを照射していたからである。
その結果、ある晩餐会における会食者たちについて私が気づいたことを残らず集めてみても、私の描くさまざまな輪郭は、心理的な諸方則の全体像をあらわすのが主眼となり、ある会食者が自分の発言に込めていた固有の関心などがはいり込む余地はない。》