東洋文庫 マッテオ・リッチ伝 1(1969)

本書は東大教養学部出身の俊英平川祐弘氏による書下ろしである。豊富な資料の引用によって構成されているが、著者の叙述の部分が面白いので一部紹介する。

《20 マンダリン

(略) シナ官吏(マンダリン)の特徴は科挙の制で選ばれた点に、世襲封建制と異なる進んだ面がある。ところがその官吏の威張っている様が、十六世紀末の西洋人にはスキャンダルと映じたのである。シナの統治の妙に、耶蘇会士は一般に感心している。世界で一番広大な国が一人の王によってうまく治められている。百五十府や百五十州や千百余県という行政は末端の里甲制にまで及んでいる。魚鱗図冊という土地台帳ができていて、賦役黄冊という租税台帳が整備されている。そして一条鞭法によって税法は銀納化に一本化されつつある。五千八百五十五万人という膨大な納税者の数が把握されているし、物産はまことに豊かで国民は勤勉である。シナ国王の収入は全ヨーロッパの王侯の収入にアフリカからの収入をあわせた以上のものがあるだろう。そしてヨーロッパやアフリカとちがってここには平和(pax sininica)がある。》

ローマや秦の例を挙げるまでもなく、強大な国家がいくら富を蓄積してもいつかは滅亡するというのが歴史の法則である。本論の方はルッジェーリ、ヴァリニャーノ、書簡集からの引用で精密に作られているが長くなるので省略する。東洋文庫ではよく目にする人たちである。