伊藤計劃 虐殺器官 (2007)

ハヤカワ文庫版を少し前から読み進んでいるが、いま九割がた読み終わっている。米国政府が虐殺進行中の国にスパイを送り込み、現状を分析した結果殺すべき人物を指名する。その指名に従って暗殺を実行するのが主人公を含む部隊である。勿論ドキュメンタリー風では無く、皮肉の効いた軽妙な語り口で主人公が個人的な事情について述べて行くスタイルである。エンターテイメント風手記と言ってもよい。

プラハにおける任務の場面である。

《「あら、カフカは小説をドイツ語で書いたのよ」ルツィアはぼくの「隙」にうまく乗ってくれて、「カフカのお父さんは息子にドイツ語を教えたの。そのほうが当時はいい職に就けたから。このくにが昔、オーストリア=ハンガリー帝国の一部だったのは知っているでしょ」 「一応ね」 「カフカユダヤ人でもあったわ。ただ、ユダヤ社会にも溶けこみきれなかったし、チェコ人でありながらドイツ語で喋るしかなかった。そのドイツ語にしても『借り物のことば』だと感じていたようね」 その帰属感のあいまいさがーーーというよりも、自分がどこにも所属できない人間であるという意識がーーー「城」や「アメリカ」といった作品に投影されることになったのかな、ぼくはそう言って、ルツィアの出してくれた紅茶を飲んだ。 「自分はいずこにも所属しない者であり、使う言葉は借り物の音の連なりである。そうカフカは思っていたのかもしれないわね。『城』の周辺をうろつく測量士のように」 「それこそ、ことばは思考をフレーミングしない、ということの証明なのかも。ナボコフも『ロリータ』を母国語で書かなかったわけだし」 「文学に詳しいのね。ビショップさん。」 ルツィアがぼくを偽IDの名前で呼ぶ。》

まあこんな感じで、この主人公は殺す機械でありながらも文学知識の豊富なところを見せている。いよいよインドとパキスタンの核戦争後のムンバイで標的である男と対峙することになる。

シーウィード(ステルス爆撃機)からポッドに入った部隊が降下するという、冒頭にあった映像的にやや奇妙な作戦が再現される。前回は標的の男が察知してすでにもぬけの殻だったのだが、今回は首尾よく確保できた。だが読み進んで行くと、政府内の高官がスパイでありどうやらインド国内を列車で護送中に彼らは殲滅作戦に遭遇するらしい。あまり詳しく書くとネタバレになるのでこのくらいにしておこう。