小説 天北原野 (3)

樺太の山の描写がある。

《杉の木のように真っすぐに伸びた、エゾ松・トド松が、山の斜面にぞっくり立っている。その山の下の沢沿いに、二棟の飯場が横長に建っている。ここに、杣夫をはじめ造材労務者百二十余人が寝起きしているのだ。 飯場は荒板を釘で打ちつけただけのバラックで、所々あかりとりの小窓が、真っ白に結氷している。ふかぶかと雪のつもった屋根からは、真っすぐにぶちぬかれたえんとつが何本か立ち、白い煙が立ちのぼっていた。凍った朝の空気がびしっと山に貼りつき、煙も横になびかない。 飯場の少し下手にはこれまた横長の馬小屋があり、飯場の上手の、やや小高い斜面に、完治の出て来た小さな事務所がある。》

ここで働く人夫に混じって完治は木やりの音頭取り、危ないバチ乗りをこなし、夜は人夫の娯楽に援助の金を貸す。こうして心を掴めば次の年も人を集めやすいのだ。この辺の描写では完治はヒーロー的な主人公のようである。 すると事務所に電話があり母のフクが危篤であるという。母思いの完治は犬橇に乗って夜明けの山道を下る。だが間の悪いことに完治の橇は猛烈な吹雪に見舞われるのである。まさかここで頓死するのか?

こうなる少し前の須田原家の夜は平穏であった。フクは伊之助に甘酒を作ってやり、水汲みに出かけたところで倒れたのである。貴乃と加津夫は銭湯から戻り、孝介、あき子が駆けつける。看病も虚しく翌朝フクは息を引き取った。

豆知識:貴乃には三人の子供がいて上から弥江、加津夫、千代という。千代はまだ赤ん坊である。