小説 天北原野 (8)

夫婦の間のことはよくある展開になっているので省略する。こういう記述がある。

《旧市街と呼ばれるロシア人の部落が、豊原の街の北外れにある。くもった空の下を、孝介は用のない人のように、ゆっくりと旧市街に向かって歩いて行く。イワンを訪ねるためなのだ。

(ウラジミロフカ)

胸の中で、孝介は呟く。旧市街をウラジミロフカとロシヤ名で呼ぶ者もいる。明治三十八年の樺太占領以来、まだ三十年しか経っていない。その三十年前の樺太の姿は、孝介には想像もできない。サガレンと樺太は呼ばれていたという。鬱蒼たる森林と、寒々とした草原地帯。流刑囚たちによって、この樺太の原始林は少しずつ伐り開かれて行ったのだ。そしてこのウラジミロフカのような、一口で言えば、丸木造りの家をつくって住んだのだ。年を経た丸太が風にさらされて、落ちついた灰色を見せている。その丸太小屋の並ぶ旧市街が、はるか彼方に見えてきた。》

ほとんど知られていない当時の状況がリアリティーを持って語られている。

話は前後するが孝介の父で大工の兼作の言葉が真実を言い当てている。だがこれに耳を貸す人はほとんどいないだろう。

《「何か知らぬが、おらあ樺太に来てみて、みんな上っ調子に見えてしようがねえ。完治ば見たって。際限もなく儲ける話ばっかしだ。まるで、樺太には特別お天道さまが照ってるつもりでいる。」

兼作の言葉はにべもない。

「なるほどなあ、しかし、ま、ここ何十年かは樺太も安泰じゃないですかね」

「何十年?馬鹿こくな、戦争が満州から支那に飛び火するか、ロシヤに飛び火するか、どっちにしても樺太は、十年の寿命だと睨んでいるがなあ。」

山見の名人兼作は、山を見る時のように、はっきりと断言する。

「十年の?」

「んだ。北海道にしたって安泰というわけじゃねえが、とにかくこの樺太は必ず取っ返されるぞ」

「ロシヤがとっ返すか」

意味深長に呟いて、傍の貴乃に孝介は目をやる。

「孝介、悪いことは言わぬ。今のうつに、北海道さ帰って来い。それが無理だば、札幌に土地ば買っておくことだ」》

今は昭和10年である。