事件といっても牧場で父が撃たれたという出来事である。撃った人物はわかっている。父とは「八月の光」でも出てきたあのサートリス大佐である。その瞬間からこの私はサートリス家の当主となり、仇討ちの為の決闘が待っているのだった。家までの40マイルの道のりの間、さまざまな回想がめぐるのだが、この中で父の生い立ちについて語られる。父は南北戦争で焼けた屋敷を再建し、ドルーシラという後妻を娶り、ジェニー叔母さんと私の四人で暮らしていた。
この部分の記述が突出して素晴らしかったで紹介する。
《私たちの馬は、家に向かって進んでいった。父はいま、軍服を着て(サーベルもつけて)家の居間に横たわり、ドルーシラは光り輝くシャンデリアの下で、黄色い舞踏服をまとい、髪にはバーベナの小枝をさして、装填した二挺のピストルを手にしながら、私が帰るのを待っていることであろう(予感などぜんぜん感じなかった私にも、そのようすだけははっきりと想像できるのだった。葬儀の準備がきちんとできている、明るい整った部屋の中にいる彼女の姿が、私の心の眼にははっきりと見えたーー女のようにではなく、男の子のように、背丈が高く、ほっそりとしていて、じっと身動きせず、黄色い服を着て、静かな、ぼんやりしたといってもいいような表情をうかべ、簡素で地味な顔をして、両耳の上にはバーベナの小枝を釣合よくつけ、両肘をまげ、両手を肩の高さにあげて、おなじ型の決闘用のピストルを一挺づつ、握りしめもしないで、それぞれの掌の上に軽くのせているーー簡明にして形式の整った、烈々たるものを感じさせるギリシア古甕の尼僧の姿)。》