フォークナー短編集 (15)

当日の朝となった。ベイアードはジェニー叔母さんの最後の懇願も聞かず、何とか助勢しようとするワイアットらの申し出も断り、ものすごい精神状態で弁護士B.J.レッドモンドの古びた事務所に乗り込んでいった。

結果は、書くとこれから読む人に申し訳ないので、お茶を濁しておく。そのかわりにジェニー叔母さんの語った突拍子も無い小話を紹介しておく。結構有名かもしれない。

《「(略)そういう人のうちに一人のイギリス人がいたわ。その人はチャールストンにはべつになんにも用なんかなかったの。みんなとおなじく、もちろん金がめあてだったわけね。だけどその人は、あたしたちにとっては、デイビッド・クロケットのようなひとだったわ。というのはね、そのころまでにはあたしたちはすっかり、お金がなんであるか、お金を使ってなにができるか、なんてことは忘れていたからなのよ。その人はかつて、変名する前には、紳士仲間と交際のあった人にちがいないの。そして、たった七つのことばしかしゃべらなかったけれど、それでけっこううまくやっていたの。それはあたし、すっかり感心したわ。その七つのことばの最初の四つはね、“ぼく、ラム酒を、いただきます、ありがとう”っていうのよ。そして、その酒を飲んでしまうと、あとの三つのことばを使うのーーその酒びんごしに、相手がたとえ襞のついた胸飾りをつけている婦人でも、胸元の開いた服を着た婦人でも、そんなことはおかまいなしにね。“血まみれの、月は、いやです”というの。ねえ、ベイアード、血まみれの月なんていやね」》