東洋文庫 京都民俗誌 (1933)

本書は京都府立第二中学校歴史科の井上頼寿氏が調べ上げた洛中、洛外の風俗、地誌であり大変貴重な資料である。気になったところを抜き書きして示す。

お産

(略)左京区大原では、藁三百六十五把を縦にくくり、円筒形にして背後に置いてもたれる。正座して産み、一週間は眼をつむらない。姑がこわくて、少しまどろんでもはげしく叱られる。後方の藁は毎日ひとつかみずつ取り去るので、だんだん低くなると横臥できる。柴をかついで京都の出町へ、一日に二度行くよりも、お産がつらいといった。しかし座って産んだ時には子宮を患う人はなかったという。(略)

宮参り

上京区北野では、男児は三十日目、女児は三十一日目に氏神へ参る。女子は業が深いので一日遅いといった。 (略) 滋賀県甲賀郡石部では、吉御子神社へ宮参りをする。行きには「ぼして」(背負うこと)帰りには抱く。共に神様に生児の背を見せぬためである。社前へ行って小児を石の上へ寝かせる。

誕生餅

生児の誕生祝には、一升の餅を風呂敷に包んで背負わせる。もし歩けば「親を出し抜く」とて恐れ、押してこかしてしまう。

修学院延命水

同じく修学院の雲泉荘内にある。山中信天翁の住った藁屋の庭にあって、翁の命名した泉である。方々から清水が集まってきては、つねにささやかな 音を立てて鳴っている。

山科延命水

山科、北花山の濘谷街道(しるだに)の傍にある。むかし刑場のあった地の井であると伝えられる。

空海袈裟掛石

洛西乙訓郡旧乙訓村の古刹乙訓寺の境内にある。空海がその岩の上に袈裟を掛けたと伝えられる。

沙羅双樹

比叡山浄土院内にある沙羅双樹は、伝教が唐から将来した同山三木の一であるという。廟の前向かって右手にあり、高さ十四メートルばかり、樹姿は百日紅に似ている。左京区鹿ヶ谷の霊廟寺にもある。