小説 天北原野 (6)

男女のからむ話は俗によくあるような展開になってくる。孝介はあき子を旅行に連れて行く約束をする。それは梅雨の前の5月になるだろう。 かつてあった豊真線の描写が出てくる。孝介は車中にある。 《そんな話を聞くと、自分が罪を犯しているような心地がした…

東洋文庫 修験道史研究(1942、1972)

本書は和歌森太郎の卒業論文に数編を加えて昭和十七年に河出書房より刊行されたものの復刻である。一部を紹介する。 10P 《はじめ、漠然と、修験道及びその主体たる山臥のことを歴史的に考究しようと志したさいに、思い浮かべた山臥は、第一に述べたような山…

小説 天北原野 (5)

あき子はついにピアノ教師のイワンと情事を行うようになる。それと同じ頃、孝介はある企てを実行する。 《明るく点る灯の下をくぐって、料亭花の家の広い玄関に、黒い細身の蛇の目傘をすぼめて入ったのは、梅香だった。うすい藍地に白の渦巻きの流れる衣裳が…

小説 天北原野 (4)

樺太の吹雪がとても恐ろしいことは住んでいる者なら承知している。完治はついに雪に埋まり、あとは犬に囲まれて死ぬか、という間際に小屋を見つける。九死に一生を得たのである。貴乃にとっては皮肉な結果となった。狂喜したのは伊之助である。 向田邦子も顔…

小説 天北原野 (3)

樺太の山の描写がある。 《杉の木のように真っすぐに伸びた、エゾ松・トド松が、山の斜面にぞっくり立っている。その山の下の沢沿いに、二棟の飯場が横長に建っている。ここに、杣夫をはじめ造材労務者百二十余人が寝起きしているのだ。 飯場は荒板を釘で打…

東洋文庫 耳袋 1(1814年頃)

南町奉行の旗本根岸鎮衛が書きためた雑話集で全十巻あり、東洋文庫には二冊に分けて収められている。本文の一部を紹介する。 《盲人かたり事いたす事 安永九年の事なりしが、浅草辺とや、年若の武家、僕従三人召連れ通りしに、一人の盲人向こうより来たり、…

現代文学

プルースト、カフカと来れば次はフォークナーだ。 新たな読書体験が待っている。

小説 天北原野 (2)

三浦綾子の小説の続きである。樺太の首府豊原の描写がある。 《すっかり日が暮れて、暗くなった豊原の街を、孝介とあき子を乗せた自動車が走っていた。外の寒さで、車窓は水蒸気に濡れている。中指でそっと窓を拭い、あき子は珍しげに豊原の街を眺めている。…

東洋文庫 近世畸人伝 (1790)

短い伝記のようなものや説話のようなものが混在している。一部を紹介する。 《内藤平左衛門 関東のならひ、貧民、子あまたあるものは後に産せる子を殺す。是を間曳といひならひて、敢えて惨ことをしらず。貧凍餓に及ばざるものすら、倣ひて此事をなせり。官…

小説 天北原野 (1)

三浦綾子の1976年の小説である。今140ページまで読んだところである。孝介とあき子の披露宴の場面まで来てだんだん面白くなってきた。孝介一家の赴任先ハマベツの描写がある。 《ハマナスの花の一群が風に揺れている。その向こうに、七月の太陽にきらめく海…

東洋文庫 日本の茶書 1 (1971)

林屋辰三郎氏による「茶書の歴史」の章より内容を紹介する。 茶の起源において特に重要なのは、唐の時代(760年ごろ)に書かれた陸羽による『茶経』 三巻と、遣唐使として35年間唐に滞在した僧の永忠である。 《さて唐の風俗は、すべてが王朝人のあこがれで…

東洋文庫 国文学全史 1 (1905)

著者の藤岡作太郎は緒言でこのように述べている。 《本篇は、数年前、文科大学において講じたる国文学史をもととして、これを簡明に叙し、更に一二節を加えたるものなり。夏冬の休暇毎に、逗子に、能州和倉に、豆州伊東に、材料を携えゆきて筆を執り、最後に…

伊藤計劃 虐殺器官 (2007)

ハヤカワ文庫版を少し前から読み進んでいるが、いま九割がた読み終わっている。米国政府が虐殺進行中の国にスパイを送り込み、現状を分析した結果殺すべき人物を指名する。その指名に従って暗殺を実行するのが主人公を含む部隊である。勿論ドキュメンタリー…

東洋文庫 騎馬民族史 1

これに出てくるどの民族も似たり寄ったりの生活様式、風俗を持つ。もちろん匈奴などは典型的なそれを有している。今回は渤海国に関係ありそうな靺鞨について読んでおこう。 《隋書靺鞨伝 靺鞨は高麗(高句麗)の北に在り、邑落にはみな酋長がいるが、統括す…

カフカ 「城」 (1926)

新潮文庫版をもう何ヶ月も前から読み進んでいるが、いま九割がた読み終わっている。どうも前半は退廃した村と主人公の測量技師との間で起こる修羅場となっており、消防団のエピソードが出てきてストーリーの芯のようなものが見えてくる。要するにバルナバス…

東洋文庫 菅茶山と頼山陽 (1971)

《天明八年(1788)六月五日、菅茶山は厳島を見物するために、弟子の藤井暮庵や従弟の君直などを同伴して、備後国神辺の自宅を立ち、福山、尾道、西条などをへて、十日に広島に入ると、ただちに旧友頼春水をその研屋町の邸宅に訪れた。当時芸藩に仕える儒官…

東洋文庫 朝鮮歳時記 (1911)

本文を一部紹介する。 《正月 元日 新歳問安 議政大臣は百官をひきいて宮中に参内し、国王に新歳の問安(あいさつ)をなし、箋文(国王にささげる賀表)と表裏(手織りの絹布や綿布)を献上し、正殿の庭で朝賀礼をおこなう。 八道の観察使、兵使および水使、…

東洋文庫 洋楽事始 (1884)

本書は音楽取調掛の報告書『音楽取調成績申報書』の現代語訳であり、後半には小学唱歌集の楽譜が91曲収載されている。明治五年の学制開始に続いて明治十二年に着手されたこの取り組みは世界に類を見ないものである。 本文を読むと、このような構想が描かれて…

東洋文庫 大津事件日誌 (1931)

本書は、大津事件の中心人物である 当時の大審院長児島惟謙が自らまとめた手記を覆刻したものである。解説文は家永三郎氏による。 児島大審院長の考えを示すこのような記述がある。 《上下一般が、かくして津田三蔵の白刃に其神経系を刺激せらるるや、其狂症…

東洋文庫 金文の世界 (1971)

金文とは簡単に言うと青銅器に鋳造された文字のことで、殷代末期から出土が確認されている。本書は白川静(1910ー2006)による書き下ろし作品である。 読んでみるとまるで新書のような内容であり、コンパクトながら密度が濃すぎて読むのに難渋する。例えばこ…

東洋文庫 江戸小噺集 1

読んでいくと冒頭からかなり毒が利いている感じがする。本文を少し紹介する。 《ぢゞとばゞ ぢいは山へ柴かりに、婆は内で洗濯も何もせずにゐたれば、程なくぢゞが帰り来たを見れば、廿四五の男になって帰た。婆肝をつぶし 「こなた、どふして其様に若くなら…

東洋文庫 日本神話の研究 (1931)

著者の松本信広氏は、記述が残っている日本の神話と各地に現存する伝承、祭儀、信仰を調べることによって一つの研究を成そうとした。この著書は『フランス学会叢書』に上梓されている。 まず最初に「外者款待伝説考」という章を設け、富士山と筑波山の言い伝…

東洋文庫 東学史 (1940)

著者の呉知泳についてはほとんど知られていないが教団内部の人のようである。本文より一部を紹介する。 《道 ーーー そのはじまり 今を去ること百年前、甲申の年〔1824年〕10月28日、朝鮮慶州の地に、宇宙を開闢させるという一大人物が誕生した。その人こそ…

東洋文庫 青木周蔵自伝

青木周蔵は長州藩出身のいわゆる平民であり自己の教育環境に腐心した様子が書かれている。 《橋下氏は偶然、予に語りて曰く、予の親戚に福沢諭吉なる者あり。今回、幕府より北米合衆国に派遣せらるる使節に随ひ、同国に赴くこととなりたるを以て、告別の為め…

川端康成 抒情詩 (1932)

『物質のもとや力が不滅であるのに、知恵浅い若い女の半生でさえさとられずにいられませんでした魂の力だけが滅びると、なぜ考えなければならないのでありましょう。魂という言葉は天地万物を流れる力の一つの形容詞に過ぎないのではありますまいか。 霊魂が…

川端康成 禽獣 (1933)

川端34歳の時の作品である。音楽業界の大物らしき独身の男が女中と禽獣を飼って暮らしている。男は40の手前という設定である。出入りする鳥屋の勧めで菊戴の番いを飼い始め禽獣の飼育にのめり込んで行く。その過程で業のようなものが立ち現れて来る。千花子…

東洋文庫 モンゴル秘史 1 (13世紀)

本書は那珂通世著『成吉思汗実録』を口語に訳し注解を多く加えたものである。『成吉思汗実録』とは明朝が漢訳編纂した『元朝秘史』の文語体訳である。さらに言うと13世紀にモンゴル帝国の宮廷に秘蔵されていた『秘史』というものがあって、それはモンゴル語…

東洋文庫 アンコール踏査行 (1880)

著者のルイ・ドラボルトはまず当時のカンボジアとフランスの関係について簡潔に述べている。以下引用文。 《カンボジアは、同じくこの大河にうるおされ、南はフランス領コーチシナと境を接する国で、これと合わせてアジアの端におけるフランス領の全体を形成…

東洋文庫 東都歳時記 1 (1838)

本書は斎藤月岑が著した江戸の歳時記である。東洋文庫には同じ著者で 『増訂 武江年表 (1848)』もある。本文を少し紹介する。 《元日 ◯御一門方譜代御大名衆御禮(装束にて卯半刻出仕)諸御役人方御禮登城。 ◯諸家年禮 商家にては二日より出る。元日は戸を…

東洋文庫 入唐求法巡礼行記 1(847)

本書は円仁(794〜864)が入唐した際の十年間の記録である。一部を紹介する。 《二 堀港より揚州に向かう 七月九日、巳時、海陵鎮大使劉勉来たりて遣唐使等を慰問す。酒餅を贈り、兼ねて音声を設く。相従える官健の親事は八人なり。其の劉勉は紫朝服を着し、…