映画 予感 (2007)

テヘランで都市生活を送るある夫婦の事件を描くドラマである。製作国はイスラム革命を経て30年くらいのイラン、それに日本となっている。

高級マンションに住むアミールは、広告会社の社長でとても多忙だが、時々スズキのエスクードを駆って砂漠をぶっ飛ばすという趣味がある。妻のシミンは精神科医でオフィスで開業し患者を診ている。ある日アミールはドライブ中に道で出会った若い女性ネダの事が気になり、名刺を渡すとまもなくお付き合いが始まった。イランだけあって出てくる女性がみんな美人である。特にシミンは絶世の美女である。

まあ結局これはメロドラマなのだが、PTSDを患うネダの兄バーラムと、夫の浮気に対して憤っているシミンが患者と主治医の関係になり複雑さを増して行く。兄は交通事故で美しいフィアンセを失ってからPTSDになったらしい。

この4人は結局誰も引かずに我を押し通してゆくのである。その結果一人死に、一人寝たきりになるという結末になる。カルマを爆発させたのか?詳しくは論じないが、まあそんなところだろう。

NHKスペシャル アジア古都物語 第3集 王と民が支える平和の都 〜インドネシア ジョグジャカルタ〜 (2002)

インドネシア共和国にはジョグジャカルタ特別州があり、スルタンであるハメンクブウォノ10世が王宮に住み、世襲制の特別州知事として執務を行なっている。これがどういったものかをNHK取材班がレポートする。

246年の歴史を持つジョグジャカルタの町中を衛兵の軍楽隊が王宮に向かって練り歩く。王宮の奥深く金色の宮殿の玉座にはスルタンが座っている。祭りの日の夕刻には民衆が王宮に向かって集まって行く。するとスルタンが現れコインを撒く。背景ではガムランが静かに鳴っている。貴重なスルタンのインタビュー映像がある。スルタンは語る。「ジョグジャカルタでは王と民がとても近い関係にあります。私たちは権力ではなく、心で結ばれているのです。私には王として人々に将来への希望を与える義務があります。そして人々も私に気兼ねなく願いを伝えてきます。ジョグジャカルタは王と民が支えあいながら歴史を築いてきた町なのです。」

ジョグジャカルタの市場の様子が映し出される。物資の豊富な、よくあるアジアの市場である。鐘が打ち鳴らされアブディダルムが王宮に入って行く。アブディダルムとは1600人にも及ぶ家臣団で、町中に住み、空いた時間に王宮に出仕し伝統文化を守っている。お茶を運ぶ係、時計を合わせる係、調理場から宮殿まで昼食を運ぶ係の映像とインタビューが映し出される。祭りの最終日には六つの神輿が奉納される。とても変わった神輿である。この神輿の制作現場の映像が映し出される。

家臣団はコウモリと鳥を捕まえて売るなど、何かしら本業を持っている。王宮からわずかだが給料も出る。

活火山メラピ山の麓に建てられた宮殿の全貌がCGで映し出される。創建当時はオランダによる植民地支配が進んでいた。ジョグジャカルタは何度かオランダ軍と日本軍による支配を受けたが、最後は独立戦争の拠点として機能したのである。ハメンクブウォノ9世がオランダ軍の攻撃に体を張って向かって行ったという。

スルタンの知事としての活動が示される。この日は農村を視察し、作物の生育状況を聞き、意見を交換した。知事は水について責任を持つと述べた。

貧困層が住むカンポンの取材をする。ここでは仕事のない人が多いと言うが子供達はよい身なりをしている。路上でヤシの実のジュースを飲んでいる。住民のポニマンさんに密着する。ポニマンさんは王宮に仕えながら人力タクシーの運転手をしている。王宮ではまだ見習いである。腰にさす短剣が上級家臣の証であるという。ポニマンさんはこの短剣を腰にさす事を夢見ている。

家臣団がメラピ山にお供え物を運ぶ。お供え物といってもスルタンの髪の毛や爪である。お供え物はインド洋にも撒かれるという。宮殿では宴が開かれる。政府要人、文化人3000人が招かれ、絢爛豪華な舞踊が演じられる。

最後にスルタンが語る。「今インドネシアの社会は暴力が蔓延し、治安は悪化し、極めて深刻な状況に陥っています。これはまさに文明の危機です。私はこのことをとても恐ろしく嘆かわしいことだと思っています。ですから今こそ私には人々を守り、救い、幸せにする義務があります。人々が将来に希望を持てるようにしてあげること、それが王としての使命なのです。」

これがまあ、表向きのジョグジャカルタだろう。それにしても非常に充実したドキュメンタリー=映像記録である。

映画 チェコの古代伝説 (1952)

チェコの建国にまつわる伝説を人形劇とオーケストラで構成した作品である。人形の手作り感が災いして没入しにくいところがあるが、いくつかのエピソードを忍耐強く見て行けば、目的は達成されるだろう。

14世紀に出た年代記(ダリミルの年代記)や19世紀の小説(チェコの古き伝説)に登場する伝説の人物チェフが部族を率いてたどり着いたのは、たくさんの動物と鳥、蜜であふれるいわゆる約束の地であり、山に登ったチェフはこの土地に名前をつける。ここにチェフ=チェコという地名が生まれたのである。

続いて語られるエピソードから伺えるのはこの民族は勤勉であるがそれほど戦闘的ではなく、芸術の分野でも秀でているという側面である。同じくスラブ3兄弟のポーランドとロシアも勿論芸術分野では大変優れている国であることは言うまでもない。音楽の分野でドボルザークショパンチャイコフスキーがいなければ、ドイツ勢だけだったらちょっと面白みに欠ける感じがするのである。

Lincoln Mayorga & Distinguished Colleagues Vol. III

Lincoln Mayorgaのダイレクトカッティング盤のVol.III を聴いている。

完全に満足できる音である。プリントコイル方式のMCーL1000がすり減ったらオーディオテクニカの普通のMCカートリッジにしようと思うが、その差を考えた上でやむを得なければ針付け替えを頼むかもしれない。この音をどう表現するのか大変難しいと思うが、長岡鉄男がよく言っていたシャープで、ダイナミックで、エレガントという音が当てはまるかといえばそうでもない。その3段階くらい上ではないだろうか。(ちょっと言い過ぎか)

柔らかくて、細部が明確、音と音が邪魔しない、吹き抜けるそよ風のような、電気を感じさせない、etc・・・という感じになる。

映画 白蘭の歌 (1936)

これは日本映画専門チャンネルで放映されたもので、大変見所の多い映画である。あらすじを述べる。

日本人技師の松村(長谷川一夫)と満洲人で音楽学校生の雪香(李香蘭)の2ショットが最初から出てくる。もう恋人同士かと思ったがそうでは無いようだ。ここでは奉天の郊外と市街の実写を見ることができる。馬車や牛車が走り、たまにバスが走って行く。

拠ん所無い事情から松村は滿鐵を退職して開拓団の村に入植する事になる。松村が弟と弟の許嫁とともに着いたのは満ソ国境近くの八虎力という村であった。駅の周りは野原である。牛車に乗って村に向かう。ここでは村での実際の生活が紹介される。いかにも楽しそうに見える生活だが、この映画は入植者を募集する国策映画でもあるので、だいぶ美化されているのである。

雪香は実家のある承徳で療養中だったが居てもたまらず松村に逢いにゆく。すると家の中に弟の許嫁が居たので誤解した雪香は雨の中を走り去っていった。次に彼女と会うことになるのは、抗日軍の軍使となった雪香と戦場での再会の場面である。戦場といっても鉄道の建設現場であり、その後抗日軍の急襲をうけた松村は雪香とともに戦闘の犠牲となる。戦闘とはいっても関東軍は何処かに行っており、銃を持った人夫と技師たちが応戦していたのである。ご存知の通り入植した農民もいずれは徴兵されて関東軍の兵卒となり、ソ連侵攻前に帰国した上官以外はみんな捕虜となってシベリアの収容所で辛酸を舐めることになるのである。

映画 リンダ リンダ リンダ (2005)

これもやっと観る事ができた。いつもなら最初の10分で挫けてしまう映画なのだが今のように時間にゆとりがあると大丈夫である。始まりはとっつきが悪くて何をぐだぐだやっているのだろうと思いながら見ていると、眼光の鋭い少女が香椎由宇だとわかってきた。主要登場人物はみんな愛想が悪く、男性陣の方が気を遣っているのである。バンドのメンバーが確定し、練習が始まるが、合宿らしきこともやっている。高校の学園祭のイベントとして演奏したのがこの映画のクライマックスである。少々盛り上げ方が足りなかった気もするが、リンダリンダは名曲なので楽しく観る事ができた。