東洋文庫 日本神話の研究 (1931)

著者の松本信広氏は、記述が残っている日本の神話と各地に現存する伝承、祭儀、信仰を調べることによって一つの研究を成そうとした。この著書は『フランス学会叢書』に上梓されている。

まず最初に「外者款待伝説考」という章を設け、富士山と筑波山の言い伝えや、新嘗の言い伝え、アイヌの伝承、狐の神アイヌラックルについて述べ、それに類似したアメリカインディアンの伝説を引用しこう述べている。

《これら民族の文化は北太平洋文化圏内に属しておる。》

次に『豊玉姫伝説の一考察』と題した小論を提示している。そのストーリーとは人間の国から異族の国におもむき、その有力者に款待され、その女と結婚し、帰国し、富裕になるというものである。これは南洋に分布する説話と類似しているという。こんな記述がある。

《古代日本語の和邇が、鰐と鱶の両性質を兼ねているのも怪しむにたりぬ。古代人は、この語によってごく漠然と水中の人を食う恐ろしい動物をよんでいたのであろう。我が国の海浜ではこれが主に鱶の類をさす語であったかもしれぬ。》

考察に出てくる南洋の島々にはパラウ島、ハワイ島サモア島、スマトラ、セレベスが挙げられている。これらの島の説話やアイヌアメリカインディアンの伝説を紹介しながら自説を展開する。こういう結論になっている。

《要するに豊玉姫伝説は、本来猟しそこねた動物を尋ねてその国にゆき、彼がみずから傷つけた、その異族の女を医してこれと結婚し、これによって異族と縁故を得て富を保証されて帰るという形式であったのだろう。この説話の奥底には、動物が本国で人間の様な生活を送り、これを殺し食うことは動物にとって苦痛ではない。ただ途中で縄つき釣針のまま逃げだすとかえって苦しまねばならず、これを助けるため人の力を待たねばならぬという原始的の思想が存しておるらしい。》

長くなってきたのでこの位にするが、豊玉姫伝説は日本書紀にあるお話のようである。