新潮文庫版をもう何ヶ月も前から読み進んでいるが、いま九割がた読み終わっている。どうも前半は退廃した村と主人公の測量技師との間で起こる修羅場となっており、消防団のエピソードが出てきてストーリーの芯のようなものが見えてくる。要するにバルナバスの家は売春宿であり村人から軽蔑されているのだ。そんなことはちっとも知らない測量技師は夜バルナバスの家に長居したおかげで折角婚約したフリーダに逃げられる。
夜中の縉紳館での陳情の場面である。ビュルゲルはフリードリヒの秘書である。
《「そいつは残念でしたな」と、ビュルゲルは言った。「いやいや、あなたがほかの部屋へ呼ばれていらっしゃるということではなく、ドアをおまちがえになったということがですよ。と、言いますのは、わたしはいったん起されると、もう二度と眠れませんのでね。だけど、ちっとも気になさるにはおよびませんよ。これは、わたしの個人的な悩みにすぎませんからね。実際、この家のドアはどうして錠がついてないのでしょうな。むろん、それなりの理由はあるのです。秘書のドアはいつも開いていなくてはならぬという故事から来ているんですよ。しかし、何もそう言葉どおりに解することもないでしょうにね」》
シュールな笑いがこみ上げてくるところである。
《なんといったって、寝室でいちばん大事なものは、ベッドですからねえ!ああ、のびのびと手足をのばして、ぐっすりと眠れる人でしたらね。このベッドは、よく眠れる人にはほんとうに重宝がられることでしょう。しかし、たえず疲れていて眠れないわたしにとっても、ありがたいベッドですな。わたしは、一日の大部分をベッドのなかですごすのです。交換文書の処理もここですれば、陳情者との面会もここでやります。なかなか調子よくいくもんですよ。もちろん、陳情者が腰をかける場所はありませんが、それくらいのことは我慢してくれます。連中にしても、自分たちが立っていて、調書をとる人間が居心地よくしてくれているほうが、よい場所にすわって相手からどなりつけられるよりも、気持ちがよいでしょうからね。》
奇人変人が登場した。安部公房の小説と同じ肌触りだ。まあカフカの方が先駆者ではあるが。
フリーダには逃げられ、用務員は首になり惨めな状況に陥った測量技師だがそれでも個別のオファーには事欠かない。というところで小説は中断されている。
パルムの僧院のように貴族階級ではややこしい話がぐるぐる回り、村社会ではこんな話がぐるぐる回っていて交わることがないのがヨーロッパである。この地域では官僚組織が発達していて秘書が唯一の接点となっている。測量技師は異質な存在であり界面活性剤のようなものだろう。本小説の主題は「閉塞した社会における異質な存在=カフカ」である。