小説風なので文章を例示する。大変素朴で面白い。
浦島太郎
《二、三日たってから、浦島は舟に乗って海に出かけました。遠い沖へこぎ出して、一心におさかなを釣っていますと、後ろの方で、
「浦島さん、浦島さん。」
と呼ぶこえがします。「おや、誰だろう、こんなところで自分を呼ぶのは。」と、ふりかえって見ますと、一匹の大きな亀が舟のわきへ来て、浦島のかおを見上げています。
「お前さんか、今わたしを呼んだのは。」
「はい、私でございます。このあいだはどうもありがとうございました。おかげであぶない命が助かりました。今日はちょっとおれいにまいりました。」
「そんなことをしなくてもよかったのに。でもうまく助かってよかったね。」
「え、ほんとうにようございました。ときにあなたは竜宮へおいでになったことがありますか。」》
《「おかあさん、まだお願いがあります。どうかおわんとはしを一本下さいな。」 おかあさんは変な顔をして、
「まあ、そんなものを又何にするのかえ。」
と聞きました。「おわんの舟に、はしのかいですよ。」
と、一寸法師はすましています。
「なるほど、お前の舟にはおわんがよかろう。かいにははしがちょうどいいだろう。」 と、お母さんはすぐに新しいおわんと、新しいおはしを出してやりました。
すると、一寸法師は又、
「どうか、この舟を住吉のはままで、持って行って下さい。」
とたのみました。》
この書は、培風館発行「標準お伽文庫」全六巻の復刊で、選者に森林太郎、松村武雄、鈴木三重吉、馬淵冷佑を擁する文学史上重要なものである。