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東洋文庫 トゥリシェン著 異域録 (1723)

  満人の官僚トゥリシェンが康熙帝の命を受けトゥルグートのアユキ汗の元へ三十人ばかりの使節団として派遣される。その旅行記である。トゥルグートはモンゴル族オイラートが集住するカスピ海北岸の小国である。当時清朝ジュンガルのツェワン・ラブタンと戦争状態にあり天山北路が通れずシベリアを経由して行くことになった。ロシア皇帝とは話はつけてあるので旅の途中はまず心配はない。

  1712年5月20日一行は北京を出発し内モンゴルを抜けウランバートル辺りを通りセルゲン河に沿った道を通りバイカル湖に至る。イルクーツクを経由してエニセイ川を水路で行く。そのまま全部下れば北極海だがエニセイスクから陸路を行き今度はオビ河に入る。オビ河を下って行きスルグートを通りサマロフスコエに至る。ここからはイルティシュ河を遡りトボリスクに到着する。さらに河を遡ってエバンチンに至る。ツリンスクからは陸路を行きウラル山脈を越える。ソリカムスク、キーロフ、カザンとボルガ川に沿った町を通り国境の町サラトフに到着する。ここからトゥルグートまではすぐである。アユキ汗に謁見し親書を渡し任務を終えて帰路に着いた。北京に到着したのは1715年3月27日の事であった。

  行路の植生、町の規模、住民の種族、集落の戸数と兵士の数などが記されている。ピョートル大帝時代のシベリアの開発の状況がわかる史料であるとともに辺境萌えには又と無い読み物となっている。