南京漢口事件真相 (1927)

 本書は中支被害者連合会が中心となって昭和2年に出版された事件の記録である。ある事件が起こった場合、ジャーナリストの取材、当局の発表は信用ならないことは皆さんもわりとご存じのことと思う。事件の当事者が体験し、目撃したそのままを記録した本書は、歴史解明のためのいいお手本だと思う。

 原典はWEBでも読めるが、今回は『もうひとつの南京事件 − 日本人遭難者の記録−(2006)』を入手して読んだ。詳しい解題、解説付きで仮名遣いを改めた翻刻版になっている。

 本文を少し紹介する。これは南京に入城した国民革命軍の兵が、領事館に避難していた日本人に対して行った行為である。

 『「金庫を開けろ」「出さねば皆殺すぞ」と口々に罵りつつ各人を捉えて所持品を奪い取り、衣服を剥がし、はては領事夫人まで及んだ。寝台側に置いてあった領事私用の小型金庫は、いつの間にかめちゃめちゃに叩きこわされ、中身は紙切れ一つ残さず奪い去られた。

 こうして各室を暴れ回った暴兵は、あとからあとからと新手が押し寄せ、来る者ごとに何者かを奪い、何物かを壊して行く。瞬く間に各館は階上階下とも、それこそ遺憾なく破壊され、その上に暴兵の後から紛れ込んだ付近の住民、老人といわず子供といわず、女房といわず娘といわず、苦力、破戸漢、乞食に至るまで、てんでに物を持ち去る。電球、電線、その他の装飾器具はもとより、炊事道具から風呂桶まで担ぎ出し、いよいよ取るものがなくなるとストーブの壁を剥がし、はては痰壺から便器まで持ち出した。あとは四辺に散乱した紙屑だけが床板を埋めていた。なんという惨状だ。しかも(略)』

 国民党政府も実にいいかげんであり、日本政府も弱腰、住民は情報不足という状況は、言ってみれば今でも変わっていない。本書から、情報の入手法、避難するタイミングの判断、巻き込まれてしまった時の対応など学ぶべきことが多いと思う。

 中国では歴史的にこういった入城兵の暴虐、守備兵が逃げる時に行う略奪が行われることを良く承知しておく必要がある。あらかじめ蜀碧・嘉定屠城紀略・揚州十日記  (東洋文庫 (36)) を読んでおくことは理解の助けになるだろう。