失われた時を求めて (44)

ゲルマント公爵夫人(オリヤーヌ)はサン=ルーの頼みをすげ無く断ったのか、サン=ルーはプルーストに若い従姉妹のポワクチエの方を勧めてくる。ポワクチエはドレフュスに同情的で悪魔島に送られたドレフュスの事を憐れんでいるという。悪魔島とはギアナにある孤島で、映画パピヨン(1973)でも有名なところである。

このところフランソワーズが外出する事が多く、プルーストは不満のようである。フランソワーズの身内が結構パリにいるのだ。パリもコンブレーも生憎寒い季節だがプルーストは暖かいフィレンツェを夢想する。以下引用文。(吉川一義訳)

《すでに私の目にはフィエゾーレの丘に朝の太陽が輝くさまが浮かび、私はその太陽の光で身体をあたためている。その強烈な光に私としては笑みを浮かべながら瞼をなかば開いたり閉じたりするほかなく、その瞼は雪花石膏の常夜灯のようにバラ色の薄明りで満たされている。》

いよいよサン=ルーが愛人をプルーストに紹介してくれる事になった。パリの郊外に二人して訪ねてゆく。道すがらプルーストは咲いている花の事をクドクドと述べている。まるで忌まわしい結論を先延ばしするかのように。サン=ルーも彼女に1500万もするネックレスを贈るつもりだと言っている。さてそこに現れたのはプルーストがよく知っているユダヤ女の娼婦なのであった。この身も蓋もない、知らぬが仏という状況をプルーストはあらゆる言葉を使って埋めてゆく。「エッ、君はあの娼館に居たラシェル・カン・デュ・セニュールじゃ・・・」と言えば結構な修羅場になるはずだが、プルーストは何故かそれを回避する。(第5巻終わり)