失われた時を求めて (120)

第一次世界大戦について人々がどう思っていたか、サン=ルーとプルーストの会話に現れている。以下引用文。(吉川一義訳)

《「長引くのだろうか?と私はサン=ルーに訊ねた。」「いや、ぼくはきわめて短期の戦争になると思うよ」とサン=ルーは答えたが、この場合もその論拠は、いつもと同様、机上の空論だった。「モルトケの予言を考慮に入れながら、一九一三年十月二十八日の大部隊の戦闘指揮にかんする政令を読みかえしてごらん」》

これは長期戦になるなら予備兵の補充が行われるはずというサン=ルーの軍人ならではの読みであるが、シニカルな思考回路のプルーストは立案者が見通しを欠いていただけだと考える。

サン=ルーが戦死することを匂わせておいてプルーストが長々と論じているのは、サン=ルーの貴族性といさぎのよさであるが、ブロックとの対比によってますます際立ってくる。

戦況の電撃的な変化がわかる記述がある。以下引用文。(吉川一義訳)

《ジルベルトが書いてきたところでは(1914年9月ごろのことだった)、ロベールの消息が容易に得られるようパリにとどまりたいのは山々だったが、パリの上空にたえず飛来するタウべの空襲に肝をつぶし、とりわけ小さな娘のことを思うと心配でたまらず、コンブレーへ向かう最後の汽車でパリを逃げだしたものの、汽車はコンブレーまで行き着かず、農夫の荷車に乗せてもらい、そのうえで十時間も揺られる難行のすえ、ようやくタンソンヴィルにたどり着いた!》

そのあとすぐ一個連隊を従えたドイツ軍参謀部がタンソンヴィルにやってきたのである。だがジルベルトによれば参謀部も兵士も礼儀正しかったようである。